「名前から何から、その人物になりすますんだよ」…移民が制限されていた国に中国人を潜り込ませた驚愕のやり口とは
北米中華、キューバ中華、アルゼンチン中華、そして日本の町中華の味は? 北極圏にある人口8万人にも満たないノルウェーの小さな町、アフリカ大陸の東に浮かぶ島国・マダガスカル、インド洋の小国・モーリシャス……。 世界の果てまで行っても、中国人経営の中華料理店はある。彼らはいつ、どのようにして、その地にたどりつき、なぜ、どのような思いで中華料理店を開いたのか? 【漫画】刑務官が明かす…死刑囚が執行時に「アイマスク」を着用する衝撃の理由 一国一城の主や料理人、家族、地元の華人コミュニティの姿を丹念にあぶり出した関卓中(著)・斎藤栄一郎(訳)の 『地球上の中華料理店をめぐる冒険』。食を足がかりに、離散中国人の歴史的背景や状況、アイデンティティへの意識を浮き彫りにする話題作から、内容を抜粋して紹介する。 『地球上の中華料理店をめぐる冒険』連載第10回 『カナダの歴史から抹殺された「中国人労働者」の存在…現代の華人のルーツとなった「白人至上主義」の被害者たち』より続く
故人に完全になりすます
1947年に中国人移民制限法が廃止されるまでの24年間、中国人労働者はカナダに入国することも禁止された。それでも人々は、かまわずカナダをめざした。すでに亡くなっているカナダ居住華人の身分を装った“ペーパー・サン(書類上の息子)”としてやってきた人々だ。ジムは、1939年に周家谷(チョウ・ジムクック)という名の中国人男児の出生証明書でカナダに到着する。 「当時はみんながその手の書類を売ってたよ。自分と同じ年頃で、すでに亡くなっている人の出生証明書を手に入れればいいんです。名前から何から、その人物になりすますんだよ」 中国にいるジムの父親は、カナダで金策に困っていた友人を助けたことがあった。そのときのお礼なのだろう。その友人が中国に里帰りした際、ジムの父親に2人分の出生証明書を手渡した。その証明書は、すでに死亡している少年のものだった。ジムは、その故人である少年になりすましたのである。ジムは、当時自分が12歳だったか14歳だったか、正確には思い出せないというが、ともかく出生証明書に書かれた誕生日が自分の誕生日だと思い込んで生きてきた。書類の少年になりすますわけだから、両親、きょうだい、住んでいた町、通っていた学校など、あらゆることを頭に叩き込まなければならなかった。