富良野 馨『カッコウ、この巣においで』(集英社文庫)を遠田潤子さんが読む(レビュー)
骨太の物語にかそけき音を聞く
『カッコウ、この巣においで』はとても印象的なタイトルだ、と思った。 岩渕高義(たかよし)は京焼の窯元の主(あるじ)だ。妻は亡くなり、息子は七年前、確執の末に家を出て音信不通だった。そんなある日、山中で倒れていた少年を保護する。少年は痩せ細り傷だらけ、日常的に虐待されていたようだ。 少年の母は各地を転々とし、何人もの男たちと暮らした。少年は無戸籍で学校にも通ったことがなく「当たり屋」まで命じられていたのだ。少年は高義にだけは心を開く。高義は「嘘」をついてまで少年を引き取った。 「駆(かける)」と名付けられた少年は周囲の愛情を受け、すこしずつ回復していく。孤独な老齢の男と虐待サバイバーの少年が陶芸を通して関係を深めていく様子が、じんとくる。 そんなとき、突然、高義の息子、充(みつる)が七年ぶりに帰ってきた。駆は充の帰還により動揺する。また、行方不明だった母の消息が判明し、自分の過去を知ることになる。駆にとって、それはとても残酷な事実だった。 やがて、物語は大きな変化を見せる。前半のエピソードが効いてきて、胸が痛くなるような展開に読む手が止まらない。正の感情も負の感情も溢れる描写は、綺麗事だけではないところがリアルだ。これ以上は書けないが、祈るような気持ちで読み進めた。 物語の終盤にとても印象的な一文がある。 ――窯から出された陶器はピン、ピン、と、ガラスや金属を爪で弾くような軽やかでかそけき音を鳴らしていた。 これが駆の好きな音だ。辛い描写もあるが、読後感は温かで清々(すがすが)しい。作者が登場人物の「かそけき音」に真摯に、誠実に向き合っている、優しくて骨太の極上の物語だ。 読み終えて、改めてタイトルの意味を思った。『カッコウ、この巣においで』は印象的なだけではなく、とても秀逸なタイトルだ。どうか皆様も「この巣においで」とカッコウを呼び、軽やかでかそけき音を聞いてほしい。 遠田潤子 とおだ・じゅんこ● 作家 [レビュアー]遠田潤子(作家) 1966年大阪府生まれ。関西大学文学部独逸文学科卒。2009年『月桃夜』で第21回日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。12年『アンチェルの蝶』が第15回大藪春彦賞候補になる。14年刊行の『雪の鉄樹』が文庫化された16年に“本の雑誌が選ぶ文庫ベストテン第1位”に選ばれ、一気にブレイク。他に『カラヴィンカ』『あの日のあなた』『蓮の数式』『冬雷』など。現在、新作が最も注目される作家のひとり。 協力:集英社 青春と読書 Book Bang編集部 新潮社
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