本当の「プレミアム・ビジネス」をしている自動車メーカーはどこだ?
自動車ビジネスはもちろんのこと、最近は猫も杓子も「プレミアム」だそうだ。アイスクリームも牛丼もビールも、果てはコンビニの惣菜までプレミアム。共通するのは「ちょっとお高い値付け」である。 バリュー・フォー・マネーやコスト・パフォーマンスという言葉が意味するのはモノの価値に対しての値段が相対的に安いということだが、実はモノの価値というのは概して送り手が思うほどは伝わらない。定量的に誰でも比較できる価格の方が比べやすく、消費者の支持を得やすいのだ。だから商品の競争において、価格で優位に立つことはとても有利で、これまでアイスクリームも牛丼もビール(含む発泡酒や第三のビール)も他社より安いことを売りにしてきたのだ。 ただし、それが行き着くところまで行くと、他社商品と差別化を図るためには品質を上げるしかない。品質を上げようと思えば当然、原価が上がる。価格の上昇は生産性上昇に直結するので喜ばしいに決まっているが、それは商品が売れてこそだ。 となれば、品質向上を消費者に理解してもらえるかどうかが勝負の分かれ目になる。価格インセンティブでビジネスをしてきた会社だからこそ「どうせ品質なんて消費者に評価されない」という現実をよく知っている。これまで他社の高品質な商品を価格勝負で散々に駆逐してきた張本人だからだ。 だから価格を上げるのはとても怖い。高品質であることを特別にアピールしないと、いても立ってもいられなくなる。そういう時、プレミアムという言葉は「中身が違う」あるいは「高い価格には意味がある」ことを訴求するのに便利だ。 そうして猫も杓子もプレミアムをうたい始めることになる。その結果、昨今は「プレミアム」がインフレし過ぎてちっともプレミアム感が感じられないという皮肉なことになっている。
クルマ界のプレミアム・ブランド
クルマの世界では、さすがにもう少し洗練されたプレミアム・ビジネスが展開されている。代表的なプレミアム・ブランドは、ドイツの御三家、ベンツ、BMW、アウディあたりだろう。 実際の商品で見てみると、例えばDセグメントには「並」と「プレミアム」がある。トヨタ・カムリ、ホンダ・アコード、マツダ・アテンザ、スバル・レガシィあたりが並。別に国産だから並というわけではなく、昔ならここにオペル・ベクトラやプジョー406、シトロエンC5あたりも入ってきた。プレミアムの方はと言えば、ベンツCクラス、BMW3シリーズ、アウディA4あたりだろう。 後述するが、実はこれは、本当の意味のプレミアムではない。サイズ的にほぼ同クラスでありながら単純に売価が高く、消費者が選択する時に商品として直接競合しない。裏返せば顧客層が違う。だから同列に並べて比較しても意味がない。例えば、筆者個人としてはプレミアム御三家よりもアテンザの方が良いと思うが、Cクラスを買おうとしている人にアテンザを勧めても「話の通じないヤツだ」と思われるだけだ。 さて、話を元に戻そう。自動車のプレミアム・ビジネスとはどういうものかについて説明する必要があるだろう。ベンツとBMWはこのプレミアムをうまくビジネスに活かせているとは言い難いが、アウディは違う。アウディはご存知の通りフォルクスワーゲン傘下で、アウディ、フォルクスワーゲン、セアト、シュコダ、ポルシェがグループになっている。もちろんこの他にも、ベントレーやランボルギーニの様な少量生産の超高級ブランドがあるのだが、これはまた別の話だ。 さて、フォルクスワーゲンがここで何をやっているかと言えば、フォルクスワーゲン、セアト、シュコダの3ブランドで膨大な数量を生産して部品調達の価格を下げる。そうして原価を抑えておいて、プレミアムブランドのアウディで利益を一気に確保する。アウディの利益はフォルクスワーゲンの5倍あるそうだ。例えば、100万円の原価のものを110万円で売れば利益は10万円。しかし150万円で売れば利益は50万円で5倍になる。元々生産台数が少ないが故に、自然と価格が高いベンツやBMWと競合価格帯でアウディを売れば、高利益体質を確保できるわけだ。 トヨタがレクサス・ブランドを軌道に乗せようと躍起になっているのは、アウディの利益構造が頭にあるからだ。こうしたビジネスを展開するためには基本的な商いの規模が必要で、その規模を持っているプレイヤーは限られている。フォルクスワーゲンとトヨタ以外には、GM、ルノー/日産、ヒュンダイ、フォードくらいしかない。その次のフィアット/クライスラーやホンダあたりになるとトヨタやフォルクスワーゲンの半分以下の生産台数になってしまうのだ。 量産効果と高利益率ブランドの組み合わせこそがプレミアム・ビジネスの真髄である ── とは残念ながらならない。一般的なビジネスの枠組みで考えれば必ずしも上記の考え方は間違っていない。しかし、本当のプレミアム・ビジネスはもっと複雑で、ある意味古臭い。