【生活賃金】所得議論の新たな軸に(12月11日)
物価高の長期化を背景に、政府は最低賃金の引き上げを前倒しする方針を打ち出した。一方、基本的な生活水準を維持するために必要な「生活賃金」に焦点を当て、国民所得を議論すべきだとの主張も出始めている。生活の幸福実現につながり、時代が求める国連の持続可能な開発目標(SDGs)の達成に資する考え方として注目したい。 桑折町出身のエコノミスト木村武氏(国連責任投資原則理事、日本生命執行役員)が論文を発表し、生活賃金に軸を置いて議論する重要性を説いた。最低賃金が「法的に保障された、働いて受け取れる賃金の最低額」であるのに対し、生活賃金は「労働者とその家族が基本的な生活水準を維持するために必要な賃金水準」とした。食費、住居費、教育費、医療費、衣料費などが含まれる。木村氏は「最低賃金では、労働者とその家族は基本的な生活を送ることができない」と訴えている。 論文によると、国際的には、欧州の一部を除く大半の国で最低賃金が生活賃金に追い付いていない。日本では、最低賃金が生活賃金を下回る度合いは都市圏より地方で顕著だという。生活必需品とも言える車の所有・維持コストを考慮すると、最低賃金では生活費の6~7割程度しか補えない地域も多い。生活賃金より低い水準で働く労働者は、正規より非正規が多いとも指摘した。
中小企業は、資材・光熱費など経費の増加が収益を圧迫する厳しい環境にさらされている。従業員の賃上げは大手企業に比べて難しい現状にあり、人件費の増加は経営の重荷としてのしかかる。それでも、従業員と家族の生活の質向上は経営者の責務であると自覚したい。 何より重要なのは、中小企業が大手企業などとの取引で適正な利益を確保できるかどうかだ。「下請けいじめ」といわれる状況が今後も続けば、生産工程が断絶し、経済全体の基盤が脆弱[ぜいじゃく]化することも懸念される。 SDGsの17の目標には「貧困をなくそう」「働きがいも経済成長も」の項目が盛り込まれている。達成に向けた取り組みは、企業価値の評価にも直結する。現状は厳しいとしても、社員の暮らしの豊かさを追求する姿勢を忘れてはならない。(菅野龍太)