優河の日常を支える3匹の愛猫、そして忘れえぬミュウくんのこと
猫を愛する音楽家は多い。フランスの作曲家、ラヴェルは2匹のシャム猫を愛したことで知られており、猫が重要なモチーフとなったオペラ「子供と魔法」(1925年)も作曲している。19世紀には猫の鳴き声を模した「猫の二重唱」が作られ、現在もクラシックの世界で親しまれている。そこまでさかのぼらなくても、猫は古今東西の音楽家にインスピレーションを与え、創作の刺激を与えてきた。例を挙げていけば枚挙にいとまがないほどだ。 【写真】優河さんが一緒に暮らす愛らしい猫たち。カメラ目線もバッチリ。 猫の存在は音楽家のクリエイティビティにどのような影響を与えているのだろうか。家族であると同時に、創作活動のパートナーでもある猫の存在に迫る新連載がスタート。記念すべき1回目は、現在3匹の猫たちと暮らすシンガーソングライター、優河さんにご登場いただいた。記事の最後には、彼女がセレクトした「猫と一緒に聴きたい曲」で構成したプレイリストも公開中なので、インタビューとあわせて楽しんでほしい。 取材・文 / 大石始 メインカット撮影 / 廣田達也 ■ 忘れることのできない愛猫ミュウ / ひび・よる・てんとの出会い 優河さんは3匹の猫と日々の生活を送っている。1匹目はひびくん、男の子で現在7歳。体重7kgという大きな猫だ。もう1匹は女の子の黒猫よるちゃん。もう1匹のてんちゃん(キジトラ白猫)も含め、3匹とも里親会(※保護団体や個人の保護ボランティアのもとで保護されている犬や猫の里親を結び付ける組織)から譲り受けたという。猫たちはPodcastおよびYouTube上で配信されている優河さんの番組「RIVERSIDE RADIO」にも登場しており、たびたびそのかわいらしい姿を見せてくれている。 この3匹のほかに、優河さんには決して忘れることのできない猫がいる。それが幼少時代から優河さんとともに育ち、2017年にこの世を去ったミュウくんだ。優河さんはこう話す。 「私が7歳のときから飼っていたミュウくんという猫がいたんですけど、私が実家を出た1週間後に亡くなってしまったんです。引っ越しの日も『じゃあね、ミュウくん。バイバイ』と声をかけたときの感じがおかしかったんですよ。『優河を育てて俺の役目は終わった』とでもいうような、何か役目を終えたような感じがありました。ミュウくんはそのとき18歳だったのでおじいちゃんはおじいちゃんだったけど、そんなにすぐ逝っちゃうような感じではなかったんですよ。最後までおトイレも行ってたし、ごはんも食べていましたし」 ミュウくんは10代の頃の優河さんにとって、どのような存在だったのだろうか。当時の写真を見ながら彼女はこう回想する。 「私が妹やお兄ちゃんと喧嘩をしていると、必ず間に入ってきてじっとしているんです。ミュウくんは私にとって兄弟でもあったし、家では王様みたいな感じ(笑)。風格があって、家族の中ではみんなにとって『ミュウさま』だったんです。私は高校2年生のとき留学をしていたんですけど、お兄ちゃんも妹も留学していたので、帰国した頃の実家には私しか子供がいなかったんです。そのときミュウくんと個人的なつながりを感じるようになりました。私が精神的に落ち込んでいた時期だったこともあって、関係性がグッと深まったんです」 そんなミュウくんの死は、やはり優河さんにとって衝撃だった。ペットロス状態に陥った彼女は、ぽっかりと空いた心の穴を埋めるため、とある保護猫団体を訪れる。 「やっぱり猫がいない生活は耐えられないなと思って、旦那さんに誘われて保護猫団体に行ってみたんです。でも、譲渡会の会場に入った瞬間、『やっぱりミュウくんとは違う』と思っちゃって、ボロボロ泣きながら帰りました。そのとき旦那さんが『譲渡会をやってるところがほかにもあるみたいだから、そこでダメだったらあきらめよう』と言ってくれて。譲渡会場のドアを開けた瞬間に目が合ったのがひびだったんです」 それはまさに運命的な出会いだったという。だが、保護猫会のスタッフから意外なひと言が飛び出す。 「保護猫会の方に話を聞いたら『この子はほかに猫がいる家じゃないと難しいと思います。1匹じゃ飼えないと思う』と言われて。でも、1匹で飼うつもりだったし、でも、この子だと思うし……と悩んでいたら、団体の方が『この子はどうかな?』と指差す方向に黒猫の塊があったんです(笑)。小さな黒猫が3匹ぐらい横になっていて、その下に1匹下敷きになってる子がいたんですよ(笑)。下敷きになるぐらい懐が深い子なのかなと思って、ひびでトライアルをして一緒に飼うことにしました。それがよるでした」 そうして2匹との生活が始まった。そんな暮らしの中、新たな猫との出会いが持ち受けていた。2019年のことである。 「保護猫団体の活動を手伝いたいなと思って、譲渡会に相談しに行ったことがあるんです。その前日、子猫にここ(胸の上)をクッとつかまれる夢を見たんですよ。子猫特有の爪の細さってあるじゃないですか。すごい細くて、引っかかれてもちょっとかゆい感じというか。あの感覚を夢の中で感じたんです。子猫に会うからそんな夢を見たのかな?と思いながら譲渡会に行ってみたら、保護猫会の方が『センターから引き取ってきた生後2、3週間の猫がいるんだけど、その子のミルクボランティアを探している』と言うんですね。まだものすごく小さかったんですけど、抱いてみたら胸の上をぎゅっとしたんです。夢で見た猫だ!と思って。それで預かることにしました。旦那さんは『生まれたばかりの命を預かるなんて大変だよ』と最初は渋ってたんですけど、真っ先に虜になっていました(笑)。2、3週間預かったら情が移って、返せなくなっちゃって。それがてんちゃんとの出会いです」 そうして、ひび、よる、てんという3匹が優河さんのお宅にそろうことになったのだった。 ■ 猫たちが教えてくれたこと 冒頭で触れたように、「RIVERSIDE RADIO」にはたびたび猫たちが登場する。当然のようにデスクの上に飛び乗り、あくびをし、優河さんに体をこすりつける。優河さんは彼らを優しく撫でながら、ゆったりと話を続ける。そこには優河さんの日常が映し出されている。 「マイクにゴツンとやってくるし、邪魔なんですけどね(笑)。ひびは私のことを愛しすぎて、私のほうに来るとヨダレがすごくて(笑)。ちょっと怖がりで、いつも布団の中にいます。ひびは私のことを愛しているはずなのに、私が一声歌うとすぐ逃げるんです。『もう聴いてらんねえよ』みたいな感じで。そのわりにはドアの外で大きな声で鳴いていたりするんで、デモ音源にはひびの鳴き声がよく入っています。よるは旦那さんのことを愛しているので、私はめちゃくちゃ敵対視されています(笑)。女の子だからだと思うんですけど。私と旦那さんが話していると、テーブルの上から睨みつけてくるんですよ。三匹ともいたずらはしないので、機材周りはそれほど気を使ってないですね。何度かアンプのツイードをガリガリってやられたことはあるけど、それぐらい」 優河さんはアルバム「言葉のない夜に」(2022年)を完成させる数年前からスランプ状態にあった。なかなか曲が書けず、歌詞が出てこない日々。そんなときに猫たちの存在が支えになったという。 「猫って本当に何もしないで生きているじゃないですか(笑)。そんな姿を見ていると『いろんなことがあるけど、この子たちを食べさせていければいいよな』と思える。猫と過ごしていると、生きるうえでの邪念みたいなものがいつの間にか消えているんです。曲ができないときは今でも『私ってなんて無能な人間なんだ』と思うけど、猫の前にいると『この子にとって私はごはん食べさせてくれる人なんだな』と存在が肯定される感じがするんですよ。その感覚は支えになってますね」 新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言下、猫に救われたという人は多い(2匹の猫と暮らす筆者もその1人だ)。優河さんもまた、ライブやスタジオでのセッションが制限され、人と会うことすらままならない日々に鬱憤を感じていたが、猫との暮らしだけはコロナ前と何ひとつ変わることはなかった。 「あの頃は猫と旦那さんしかいない世界で生きていましたね。その頃ミュージカルの稽古もしていたんですよ。家族に(コロナを)移しちゃいけないと思って実家にも帰れなくて、それがストレスでした。でも、家には猫たちがいる。緊急事態宣言なんて猫には関係ないですし(笑)、安心感がありましたね」 そんな優河さんはミュウくんの死をきっかけに、とある曲を書き下ろしている。それが2018年のアルバム「魔法」に収録された「さざ波よ」だ。 「『ミュウくんがもう危ないかもしれない』という状態のとき、酸素ケージの中に入っているミュウくんと私だけで時間を過ごしたことがあったんです。命が消えていく瞬間を間近に見ていて、本当にさざ波がやってきて引いていくだけのことなんだと思ったんですよ。もちろん悲しいし、寂しいし、喪失感は計り知れない。でも、私たちも含めたすべての命は、波のようにやってきて引いていく、その繰り返しで世界は成り立っているんだなって。酸素ゲージの中のミュウくんが『それだけのことだよ』って教えてくれた感じがしました。波が引いたあとには何の跡も残らないかもしれないし、何もなかったかのように消えていくかもしれない。でも、それがすべてじゃないの?って」 最新アルバム「Love Deluxe」(2024年)に至るまで、優河さんは「命」をテーマにいくつもの曲を書いてきた。命に対する彼女の眼差しはいつも温かく、優しい。命が消えてしまったことを悲しみながらも、誰もがそうやって消えていくことをまっすぐ受け止めている。「身近な人の死はそれまでも経験してなかったわけではないけど、悲しいだけじゃない感情を覚えたのはミュウくんが初めてだったかもしれない」と話すように、ミュウくんの死は寄せては返す命の循環について考えるきっかけともなった。 「Love Deluxe」に収められた「Petillant」には、優河さんの自宅を訪れた友人との幸福な部屋飲みのシーンが描かれている。愛おしい瞬間を鮮やかにつづるその言葉に触れていると、今の優河さんだったら「猫のいる生活」をどのように描くのだろう?と俄然興味が湧いてくるのである。いつの日か、3匹の猫との暮らしを描いた優河さんの新曲を聴くことができるかもしれない。 ■ 優河が猫と一緒に聴きたい5曲 ■ プロフィール □ 優河(ユウガ) 2011年にシンガーソングライターとして活動を開始。2015年、1stフルアルバム「Tabiji」をリリース。映画「長いお別れ」の主題歌「めぐる」、TBS系ドラマ「妻、小学生になる。」の主題歌「灯火」を手がけ、世界各地で反響を呼んだ。2022年には盟友・魔法バンドのメンバーとともに楽曲を制作したアルバム「言葉のない夜に」を発表。ツアーで全国を巡り、フェスにも出演。またテレビCMのナレーションや歌唱、サウンドロゴの制作、ミュージカル出演など幅広く活動している。最新作は2024年9月リリースのアルバム「Love Deluxe」。 ・優河 official web site ・優河 (@yugabb) | X ・優河 (@yugabb) | Instagram ■ 大石始 地域と風土と音楽をテーマとする文筆家。主な著書・編著書に「異界にふれる」「南洋のソングライン」「盆踊りの戦後史」「奥東京人に会いに行く」「ニッポンのマツリズム」「大韓ロック探訪記」「GLOCAL BEATS」など。NHK-FM「エイジアン・ミュージック・ニュー・ヴァイブズ」出演中。2匹の保護猫と東京都下で生活中。