コロナの「専門家」はなぜ消されたのか? 彼らの正義感を利用し逃げた「政治家」との攻防を描くドキュメント(レビュー)
2023年8月29日、新型コロナウイルス感染症対策分科会会長を退任する尾身茂氏が総理官邸を訪れ、岸田総理に最後の挨拶をおこなった。わずか15分の会談であった。感染症に強い社会に向けて努力を求めた尾身氏は、トレードマークの眼鏡を外し、ラフなノーネクタイ姿。まさに「肩の荷がおりた」様子であった。 本書は新型コロナパンデミックの奔流にもみくちゃにされた感染症専門家たちと、海千山千の政治家たちとの攻防を描いた3年間のドキュメントである。 主に取材したのは、尾身氏の他、ウイルス感染症のデータ分析の世界的専門家である押谷仁氏と「八割おじさん」で有名になった感染症数理モデルの研究者、西浦博氏。 未曽有のパンデミックに果敢に挑もうとする彼ら理系研究者はとてもピュアに見える。WHOで政治的駆け引きをさんざん経験してきている尾身氏以外、人類を滅亡に向かわせる未知のウイルスに戦いを挑む姿は、ハリウッド映画で宇宙人来襲に立ち向かう英雄たちのようだ。 だがしたたかな政治家たちはその正義感を利用した。専門家を前面に押し出して、感染症防止の対策を練るのが専門家で、政治が国の方針を決めるという当たり前のことから政治家は逃げた。仕方なく専門家が政治に口を出すことになる。尾身氏はこれを「ルビコン川を渡る」と表現した。 病気の恐怖に慣れたころ、政府は経済を回すことを優先させた。GoTo トラベルキャンペーンなどを打ち出し、専門家たちを苛立たせる。 重要な決定は地方自治の首長にまかせ、規制の基準を独自に決めさせた。知事や市長の実力差をあれほど感じたことはなかっただろう。 喉元を過ぎても熱さを忘れるなかれ。コロナウイルスは消滅したわけではない。今でも病人は続出している。24年2月4日までの1週間で約8万人の患者が確認されている。 [レビュアー]東えりか(書評家・HONZ副代表) 千葉県生まれ。書評家。「小説すばる」「週刊新潮」「ミステリマガジン」「読売新聞」ほか各メディアで書評を担当。また、小説以外の優れた書籍を紹介するウェブサイト「HONZ」の副代表を務めている。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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