パクり本を出した他社にはスグ抗議…一人出版社社長「『ヨレヨレ日記シリーズ』大ヒット」意外な背景
一人出版社社長の中野長武氏のインタビュー。就活で30社全滅した屈辱から飛び込みで『三五館』に入社するまでの経緯を紹介した【前編:一人出版社社長「就活30社全滅の屈辱から逆転半生」】に続き、「ヨレヨレ日記シリーズ」ヒットの舞台ウラを本人の肉声で明かす。 【目力が歌舞伎役者!】一人出版社社長「就活30社全滅の屈辱から逆転半生」衝撃の素顔写真 「第1作『交通誘導員ヨレヨレ日記』の著者・柏耕一さんの電話を、たまたま私がとったんです。一人しか社員がいないので当たり前ですが……。聞くと企画を持ち込んだ何社かに断られたとか。原稿をメールしてもらい読んでみると、これが面白い! 高齢の交通誘導員の実態が赤裸々に描かれていたんです。ただ、どうせ出版するなら都合の良いことだけでなく、ローンや給料、家族の不仲など隠したいことや私生活もさらけ出し読者に面白がってもらおうということになりました。難しいのは、あまり卑屈になりすぎないこと。読者に共感し愛してもらうことが大切です」 当時は「老後2000万円問題」が話題となっていた。世間が自分の「将来」に不安を持っていたのだろう。〈当年73歳、本日も炎天下、朝っぱらから現場に立ちます〉というサブタイトルも読者の目を引き『交通誘導員ヨレヨレ日記』はウケた。 「買っていただいた人の多くは高齢者だったので、新聞広告も効果的でした。注文の電話も鳴りやまない。流れに乗ると新聞やテレビなど多くのメディアに取り上げられ、さらに売れる相乗効果が生まれました」 ◆著者の「言いたいこと」はツマらない 1作目が受けると、さまざまな職業の人々から持ち込みがあった。托鉢僧、女性騎手、キャビンアテンダント、風俗嬢、海上保安庁職員……。すべてを書籍化するワケではない。中野氏には明確な基準があった。 「カッコつけない。『あれはダメ、これは書けないでは出版できませんよ』というルールに従ってもらいます。著者が『言いたいこと』だけを書くと間違いなくツマらなくなる。むしろ『隠したいこと』のほうが面白いんです。このルールを守ってもらえない著者には、出版をお断りしています」 ある職業のシングルマザーから、持ち込みがあった時のことだ。中野氏が東京・新宿の喫茶店で会い「自身をさらけ出す覚悟はありますか」と問うと、その女性は「大丈夫です」と答える。話を聞くとエピソードも面白い。「これはいける」ということで原稿のやりとりを重ね、イラストやカバーデザインも決まった直後にトラブルがおきた。 「一人で子育てする娘さんとのやりとりが秀逸だったんです。私は『娘さんとのケンカや仲直りの様子、その時の感情の機微も書いてください』とお願いしました。ところが彼女は『娘のことだけは書きたくない』と言います。『出来上がった本を読んで娘がキズつくのは避けたい』と。 彼女の言うことは理解できます。しかし、私は著者のために本を出すわけではありません。読者が喜んでくれるものを提供するのが編集者の使命です。仕事の舞台ウラだけでなく『あなた自身のキャラクターも深めてください』とお願いし何度か説得しましたが、結局音信不通になってしまいました……」 中野氏は著者に妥協しない。自分が100%自信のある本しか出版しないので、「ヨレヨレ日記シリーズ」は高いクオリティを保ち、毎回読者から支持を得ているのだろう。 「読者から『今回はツマらなかった』と思われたら、一瞬で信頼を失います。だから『日記シリーズ』のヒットを受け、パクり本が書店に並んだ時には容赦しませんでした。スグに疑似本を出した同業他社に内容証明を送付し抗議。今後、宣伝をしない、カバーデザインを変えるなどの要求をのませたんです。中には要求に応じてもらえず、法廷闘争にまで発展している出版社もあります」 逆に抗議を受けるケースもある。 「『日記シリーズ』を18冊刊行し大手企業2社から内容証明が届きました。内部の人しか知らない情報も書いていますからね。書籍の内容に対する抗議で、具体的な要望がないので放置していますが……」 今後はどんな職業の出版を考えているのだろう。 「6月上旬には『消費者金融ずるずる日記』という本を出す予定ですが、野球選手や力士などアスリートの裏事情にも興味があります。ただアスリートが持ち込んできてくれることはないでしょうね。こちらからお願いするしかない。すると『隠したいこともさらけ出す』という私のルールを強いるには二の足を踏んでしまう。実現は難しいでしょう。 私には部下も上司もいないのでノーストレスです。社員を雇ったり、会社を大きくするつもりは今のところありません。やりたいことが本作りしかないので、毎日が楽しいですよ。社員がいないので、数千部刷って増刷がかかれば十分なんです。これからも自分が納得する本を作り続けていきます」 一人社長の気楽さか、黒いTシャツに短パンという姿で仕事する中野氏。今後の展望を語ると、歌舞伎役者のように力のある目をキラリと光らせた。
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