<ベトナム鉄鋼市場現地レポート>中国材が席巻、迷走するFHS販価。土地法改正・不動産は持ち直しの兆し
15年前の2009年10月。韓国ポスコの冷延工場、ポスコベトナムが稼働を開始した。新興国のベトナムで、まず下工程から足掛かりを築こうとリーマン・ショック前に計画された事業だ。 冷延ミルの年産能力は120万トン。70万トンの焼鈍設備はあるものの、フルハードと焼鈍冷延のみを造るシンプルな工場で、向け先は亜鉛めっき鋼板(GI)原板が半分強を占める。ポスコベトナムが居を置く越南部は製造業が乏しく、GI原板市場は特に価格競争が激しい。昨年、一昨年の生産量は80万トン前後、うち輸出も市況低迷や通商措置の影響で20万トン台にとどまる。 保有する敷地は108万平方メートルと、浦項製鉄所の10分の1程度。それでも使用しているのは冷延工場と港湾を合わせ半分にも満たない。遊休地の活用と販売先の安定化をにらみ一時は地場の大手リローラー、トン・ドン・ア(TDA)とガルバリウム鋼板の合弁工場が検討されたが、今は雲散霧消したようだ。ポスコベトナムの苦戦は、近年の越鉄鋼市場の縮図でもある。 昨年の不動産価格下落で、建材を中心に急速に市場が冷え込んだベトナム。2023年の鋼材内需は前年の2220万トンをやや下回る水準だったようだ。政府が公表する経済成長率は高い伸びを示しているものの、鉄鋼需要とは全く相関しなくなっている。 内需が伸び悩む中、景気低迷で中国からは大量の輸入鋼材が入り込む。今年1~2月だけで中国からはベトナムへ前年同期比2・3倍の200万トンが輸出された。一方でベトナムからの輸出は年々ハードルが高まっており、直近で打撃となったのはインドのBIS問題。認証が更新できず対印輸出を封じられるケースが続発した。 混迷する越市場を象徴するのがフォルモサ・ハティン・スチール(FHS)だ。同国初の高炉、熱延ミルを稼働させたFHSの熱延コイル販価は、これまで指標として注目されてきた。しかし輸入材の増加に加え、後発のホア・ファットは今年からスキンパス圧延を導入しリロール用にもホットの売り込みを開始。3月のFHS販価は当初、CIF605ドルとしたが、三度の期中値下げを経て575ドルまで値を下げた。 昨今の越市場では、月初に販価を出すホアファットがホットコイル市況を先導する場面が増えている。4月は555ドルとしたホアファットに対し、FHSは先週に575ドルを打ち出したが「注文は集まらないだろう」と市場の視線は冷たい。 消耗戦が続く中、3月下旬にはホアファットとFHSが中国とインド製のホットに対しアンチダンピング(反不当廉売=AD)提訴する動きも表面化した。ホアファットはズンクアット製鉄所の拡張を進めており、来年にはプライメタルズ・テクノロジーズ・ジャパン製の新鋭熱延ミルが立ち上がることでホットの年産能力は860万トンに拡大する。増強後を見据えた通商措置とみられている。 ただホットを調達するリローラーや、需要家の建材業界は強く反発しており実際に調査が始まるのか、また発動に至るのかは不透明だ。仮に発動しても対中AD措置は低い税率が予想され、中印材を締め出しても代わりに今秋からホット生産に乗り出すマレーシアのイースタン・スチール、そしてインドネシアの徳信鋼鉄といった他国からの輸入が増えるだけとの指摘もある。 リローラー側も、競争は一段と熾烈になりそうだ。ナム・キム・スチールやTDAは現在の工場周辺が住宅地となり、移転に伴う能力拡大を計画する。経営不振が深刻化していた越の名門、ポミナ・スチールは薄板事業を大手鋼材問屋のナム・ソン・スチールなどが、条鋼事業は大手組立会社のチュオンハイ自動車が承継し、再起が図られる。 善戦しているのは、兼松が出資した大手鋼構造物メーカーのATADスチール・ストラクチャー。ロンタイン国際空港など大型案件で受注を積み上げ、工場は繁忙が続く。小泉(本社・東京都杉並区、社長・長坂剛氏)や日鉄物産が出資するQHプラスは海外案件の獲得や、越南部と比べ案件が動いている北部の新工場が貢献している。 不動産不況の一因となっていた金利は、昨年の10%超から足元では半分以下に低下。来年1月には改正土地法を施行するなど政府のテコ入れや一般庶民の住宅不足もあって不動産市場は持ち直していくと予想されている。それでも過当競争の構図は変わらなさそうで、メーカー間で優勝劣敗が今後より際立ってきそうだ。(ベトナム・ホーチミンシティ=黒澤 広之)