地上最速の運動を生み出す筋肉はハチや蚊の「飛翔筋」 ひらひら舞うチョウとの根本的な違いとは?
特殊なパフォーマンスの秘密とは
前回まで解説してきたように、筋肉は生物が生きていく上で、より実用的・効率的であるよう進化してきました。 【世界最速の格闘技】アームレスリング女王・竹中絢音が見せる圧巻の腕力【動画】 たとえば、スピードを求められる場合と、再現性や持続性を求められる場合では、同じような構造というわけにはいきません。要求された課題に対し、できるかぎり適合しようとするバージョンアップが何億年にもわたって続いてきたのでしょう。 今回はその一例として“究極のスピード”を達成した筋肉を紹介しましょう。 今日現在、この世界で最速の運動を生み出しているのは昆虫の「飛翔筋」です。 ハチやカなどは、飛ぶ時に500㎐ほどの高周波で翅(はね)を動かしています(2000㎐で飛ぶ虫がいるという報告もあります)。普通に考えると、これは1秒間に数百回の筋収縮が必要ということになるので、飛翔筋は驚異的なスピードで収縮と弛緩を繰り返しているのだろうと考えられ、多くの研究者がさまざまな研究を行なってきました。 しかし、その結果わかったことは、予想よりもはるかにスピードの遅い筋肉であるということ。そして、翅が羽ばたく周期と収縮の周期が一致しない筋肉(非同調筋)であるということでした。 チョウなどのように「ヒラヒラ」と飛ぶタイプの昆虫は、翅を持ち上げる筋肉が収縮した後、翅を下げる筋肉が収縮します。つまり、筋肉が交互に収縮することで翅が上下する仕組みになっています(こちらは「同調筋」と言います)。これはある意味、“常識的な飛び方”と言えるでしょう。 ところが、「ブーン」という周波数の高い音を立てて飛ぶハチやカなどの場合、翅を上げる筋肉と下げる筋肉が同時に収縮します。昆虫の体表には「クチクラ」と呼ばれる硬い組織があり、力学的には翅を上げる筋肉と下げる筋肉はこのクチクラを介してつながっています。この組織が石油缶のフタのような役割(押されることで凹凸を繰り返す“クリック機構”)のような役割をはたすことで筋肉との間で共振し、高周波の振動が起こるというシステムが確立されているのです。 つまり、筋肉の性質と体のつくりをうまくマッチさせることで特殊なパフォーマンスを生じさせている典型例と言えます。 飛翔筋の研究が盛んに行なわれはじめたのは1970年頃。プリングルという生理学者が数多くの研究を推し進め、その道の第一人者になったのがきっかけでした。同じ時期、アンドリュー・ハックスリー、ヒュー・ハックスリーといった研究者が筋収縮の分子的な仕組みを解明し、筋肉自体の注目度が高まっていました。その時代と重なったことで、昆虫の飛翔筋もクローズアップされやすかったという経緯があります。