独身は職場で半人前扱い…「指輪」のために恋愛・セックス無しの"友情結婚"をしたアセクシャル女性の8年後
■結婚式も新婚旅行も苦痛だった そもそも千紗さんは一度も、子どもを持ちたいと思ったことはなかった。条件が合わず、お見合い自体の成立が厳しかった千紗さんに、「なかなかマッチングしにくい人なんだけど、どうしてもなら」と会から紹介されたのが、現在の夫だった。 「こんなに長く活動してきたのだから、結果を得ずに引き下がれない。時間と労力をつぎ込んでいたので、とても切実だった。今の結婚相手は交際期間中も合わないなと思ったけれど、私と結婚してくれるならこの人でいいと思って、うっかり結婚しちゃった」 千紗さん、38歳の時だ。結婚式も新婚旅行も楽しいどころか、苦痛に近かった。結婚に当たって千紗さんは、徹底して条件のすり合わせを行った。「お互いの両親の介護は自分が主体となって行う」「家事の分担」「お金の分担」「共通の友人ではない人を家に入れない」などの条件を文書化して、目の前で読み上げ、お互いがサインをした。 ■真っ先に購入したのが指輪 結婚して真っ先に買ったのが、指輪だった。 「保守的な社風だったので、指輪で“カヤの外”から免除される。いわば、女性の仲間に入れてもらうための結婚でした。彼女たちにとってはそれが正義、独身は行き遅れという価値観。でも、転職した今の会社はプライバシーの詮索はなく、指輪の必要性も無くなっていて、あれ? 私、結婚、要らなかった? って」 結婚当初は頑張って食事を作ったが、意味がないことにすぐに気づいた。共感性のない相手と一緒に食べても、楽しくも何ともない。夫となった人は何かを決めることができず、自分の希望や意見を言語化できないことも、結婚の式場決めでよくわかった。今は彼と離婚の話をする徒労から、離婚は棚上げの状態だ。
■してみて気づいた「結婚は必要なかった」という事実 「人生のパートナーを求めての結婚でしたが、結果的には無くていい。孤独でも大丈夫だとわかったし、ライフステージが変わっても友達がいなくなるわけではないので、そのままの私でいいんだと腑に落ちたんです。ただ、結婚を一度もしなかったら、結婚できなかった自分というコンプレックスを抱えていたかも。一度やってみて、要らないことが確認できたので、それよかったかな。恋愛相手でもない人と同じ家に住むのは簡単なことではないし、お互いが努力して歩み寄らないといけない。私はそこに、それほど労力をかけられなかった。あの時は切実に、結婚を必要としていたけど、女性に対する社会的圧力に巻き込まれていたと思う」 違和感はあったものの、世の「普通」に合わせようと“恋愛アタック”を試みた20代、結婚圧に抗する捨て身の“婚活地獄”を生き抜いた30代、男性が苦手なのに好きでもない男性と一つ屋根に暮らす40代。まさに、体当たりで嵐をくぐり抜け、ここまで生きてきた千紗さん。その彼女の、何と突き抜けた「今」なのか。結婚もパートナーも必要ないし、孤独も別に怖くはないと、自然体で心から思う。 「アセクシャルであることが、私にとって普通の状態。最初から、これが私のニュートラル。たまたま、世間の基準と違っているけど」 先輩だからこそ、若い世代に言えることがある。 「みんなが言っているからとか、普通はこうだからとかいうのを、引きずらないで。自分がしたいようにするのが、幸せだから。ただうっかり結婚すると、離婚は3倍難しい」 千紗さんの不適な笑みこそ、一つの希望だ。 ---------- 黒川 祥子(くろかわ・しょうこ) ノンフィクション作家 福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)などがある。 ----------
ノンフィクション作家 黒川 祥子