知識を創造するSECIモデルの根幹にあるもの
──前回の記事:これからの時代こそ、「野中理論」が必要になる(連載第39回) ■SECIモデル 図表2はSECIモデルの説明でよく使われる、有名な図である。似た図は、野中の1994年OS誌の論文にも載っている。この図の意味も、先ほどの氷山の図を見た後なら、つかみやすいのではないだろうか。暗黙知・形式知を持った個人が全人格ごと、別の個人の全人格とぶつからなければ、本当の意味での「組織の知識の創造プロセス」は描けない、ということだ。 SECIモデルの根幹は、組織内における個人と個人、あるいはより多くの人たちの間での、暗黙知と形式知のダイナミックな相互作用である。図表1でいえば、2つの氷山がぶつかりあい、その海上と海面下の間で知がダイナミックにやり取りされるイメージだ。組織は最少で2人からなり、それぞれが暗黙知、形式知を持つので、結果としてこの知の相互作用プロセスは「2×2」で4つのパターンに分けて説明できる。それぞれを「socialization」「externalization」「combina-tion」「internalization」と呼び、その頭文字をとってSECIモデルと呼ぶわけだ。以下、順に見ていこう。 ■(1)共同化(socialization):暗黙知→暗黙知 個人が他者との直接対面による共感や、環境との相互作用を通じて暗黙知を獲得する まずSECIプロセスの出発点として、ある人(の集団)の暗黙知が、別の人(の集団)に共有されなければならない。図表1でいえば、2つの氷山の海面下の部分が接触・融合するイメージだ。繰り返しだが、我々は豊富な暗黙知を持っている。したがって、そこから新しい知を組織で生み出すには、複数者の暗黙知が共有される必要がある。そのプロセスは、少なくとも2種類ある。 身体を使っての共同体験 一つは、身体を使って個人に体化された暗黙知を、移転・共有することだ。先のバッティングの素振りの例は、典型的な「身体化された暗黙知」の共同化フェーズだ。工場の現場で、熟練の職人が若い職人に自身の技術を伝える時も、似たようなことが行われる。接客業で若い社員が先輩社員の動きを見ながら、見よう見まねの接客を繰り返すのもそうだ。 現場レベルだけとは限らない。例えば以前、筆者がファーストリテイリングの柳井正氏とお会いした時に、同氏は「自分の部下には、もっと自分の背中を見て欲しい」という主旨のことをおっしゃっていた。言葉ではなく、経営者の行動そのものを見て(共同体験して)、同氏の暗黙知を共同化して欲しい、ということだろう。 共感(compassion)、対話(Dialogue) 加えて決定的に重要なのが、共感だ。これは、信条、信念、思考法、直感、思考の感覚などの「認知的な暗黙知」の共有に欠かせない。我々は、それぞれの信条や思考の感覚を持っている。しかしそれは十分に言語化できないから、理屈だけでは伝わらないのだ。伝えるには、相手にそれを「共感」してもらうしかない。先のカリスマ経営者の例も、自分の信条・経営の思考には理屈以上の部分があり、だからこそ、パワーポイントや文書でプレゼンをして形式知だけの共有をしても、伝わらないのである。 ではそのために何が必要か。野中によると、それは「一対一」での徹底的な対話である。野中はこれを「知的コンバット」と呼ぶ。徹底的に対話をしてし尽くした先に、言語を超えて互いが共感し、暗黙知が共有されるのだ。この点は、後で解説する。