ウクライナ経由の欧州向けロシア産ガス輸送、戦況の変化で供給危機も
ロシアが2022年2月にウクライナへの全面侵攻を開始したことで、欧州諸国が天然ガス供給の大半をロシアに依存していることが露呈した。ロシアからパイプラインで輸送される天然ガスに代わる代替手段、特に米国産の液化天然ガス(LNG)に頼ることができる欧州諸国はそれに移行した。だが、内陸に位置する中欧諸国の多くはLNGを輸入できる港を持たないことから窮地に立たされた。 ウクライナが防衛から攻撃に転じ、ロシア領内に侵入すると、中欧諸国はまたもや頭を抱えることとなった。ウクライナ軍が8月6日、ロシア西部クルスク州に奇襲攻撃をしたことで、中欧へのロシア産天然ガスの供給停止や、それに伴う影響への懸念が再び高まったからだ。 ロシア産天然ガスの欧州向けパイプライン輸送契約は今年12月で終了することになっているが、現時点ではウクライナを通過しながら輸送が続いている。年間の輸送量は140億~150億立方メートルに上る。主な供給先は、スロバキア(年間65億立方メートル)、オーストリア(同60億立方メートル)、ハンガリー(同10億立方メートル)だ。これら内陸の3カ国は、今年末に迫るロシアとの契約終了を見据えながら代替供給源の確保に奔走する一方で、暫定措置としてロシアに天然ガス料金を同国通貨のルーブルで支払うことにさえ同意した。 ところが、ウクライナ軍が8月7日、自国との国境に近いロシア西部スジャのガス測定所で戦闘を開始したことから、欧州向けのガス供給は今年末の契約終了を待たずに打ち切られる可能性が出てきた。実際、これ以降、ロシア北中部のウレンゴイ・ガス田から西部ポマリを経由しウクライナ西部のウジュホロドに向かうパイプラインで輸送された天然ガスは12%減少している。中欧諸国は依然としてロシアからのガス供給に依存しているため、これは看過できない事実だ。
立ち位置の異なる中欧3カ国
■ロシアに依存し続ける中欧諸国 ロシアとウクライナの開戦以降2年以上が経過しているにもかかわらず、ロシア産天然ガスにほぼ完全に依存している状況を改善するために積極的に動いているのは、先述の中欧3カ国のうちスロバキアだけだ。同国政府はポーランド経由の輸入や、アゼルバイジャン産の天然ガスで代用するなどしている。 それとは対照的に、オーストリアのロシアへの天然ガス輸入依存度は昨年98%に達した。同国の電力会社は、ドイツ経由の代替案が割高であることから、ロシア産天然ガスの輸入を続けている。また、米ニュースサイト「ポリティコ」は、オーストリアの総合エネルギー企業OMVがロシア国営天然ガス企業ガスプロムと結んだガス供給の長期契約を破棄するのは法的に困難で、費用もかかると伝えた。 一方、ハンガリーはロシア産天然ガスの輸入を縮小する計画はないと声高に宣言。それどころか、同国はロシアとの関係を深めようとしている。 3カ国の立ち位置は大きく異なるかもしれないが、武力衝突によって天然ガスの供給が停止した場合、それはさほど重要ではないだろう。こうした状況がもたらす影響への懸念は高まりつつある。 ■逼迫する欧州のエネルギー供給 これら中欧3カ国が輸入する年間150億立方メートルの天然ガスは、欧州全体の年間輸入量である約3000億立方メートルの約5%に相当する。欧州はガス貯蔵能力の90%以上を満たしてはいるものの、ガス供給がたとえ少量でも滞れば、冬が近づくにつれ影響が大きくなる恐れがある。 仏エネルギー大手トタルエナジーズのパトリック・プヤンヌ最高経営責任者(CEO)は英ロイター通信に対し、ガスの供給停止が発生した場合、貯蔵タンクが満たされていたとしても、欧州全域にガスが行き渡るかどうかはわからないと述べた。同CEOは、米テキサス州のLNG輸出プラント「ゴールデンパス」の建設工事をはじめとする新規LNG計画の遅れを指摘し、欧州のガス市場は今後も変動にさらされるだろうと説明。エネルギー供給は依然として余裕がない段階にあるとして、2027年までは状況が大きく変わることはないとの見方を示した。こうした状況を踏まえると、欧州の天然ガス契約の指標であるオランダTTFが、メガワット時当たり40ユーロ(約6450円)前後で推移しているのも当然だと言えよう。
Gaurav Sharma