バスやトラックで「左後ろのタイヤ」の脱落事故が急増している意外な理由
● 日本の道路は「水平」ではなく 「少しナナメ」になっていた! まず考えられる要因は、道路構造・交通事情です。実は日本の道路は、完全に水平になっているわけではありません。雨水などを排水するために、道路中心部が最も高く、外側に行くにつれて低くなっています(いわゆる「片勾配」です)。そのため左側通行の日本では、クルマは「少し左に傾いた道路」を走っていることになります。 その道路を走行するクルマも少し左側(路肩側)に傾くため、左側のタイヤには大きな荷重がかかっています。その中で右左折をすると、左側のタイヤにかかる荷重はさらに増します。 まず右折時は、交差点を通り抜けるまでの走行距離が左折時よりも長く、スピードが出やすくなります。そのため、旋回中は遠心力によって左側のタイヤにかなりの負荷がかかります。 一方で、低速で旋回する左折時は、ハンドル操作で向きを変えられる前輪とは違い、後輪には「タイヤがよじれるような力」が働きます。大型車の重みが「左後輪」にのしかかり、しかも「よじれる」。その繰り返しによって、左後輪のホイールナットに緩みや欠損が発生している可能性があるのです。 前輪のナットが緩んだ場合は、ハンドルに異常振動が発生するケースがあるため、運転者が異変に気づくことができます。ただし、後輪の場合は異常振動が直接ハンドルに伝わらず、ドライバーが気付くのは至難の業です。 筆者はこうした道路構造・交通事情が、大型車の左後輪が外れる事故が多い原因だと考えています。同じ見解を持つ専門家も多くいます。ですが、まだ「この説が正しい」と断定できたわけではありません。他にも説が浮上するなど、情報が飛び交っています。
● 2010年を機に 「ナットを回す向き」が逆に! もう一つの有力な説は、2010年に起きた「ホイールナットの規格変更」です。 大型車のホイールナットはそれまで、国内規格の「JIS方式」に準拠していました。JIS方式では「タイヤの回転方向と逆方向に締めるとナットが緩みにくくなる」という考えのもと、一般的なナットとは正反対の「左に回すと締まる『逆ねじ』」をあえて採用していました。 ですが、海外輸出時に不利になることを防ぐ目的や、コスト削減や作業性向上などの目的で、2010年を機に世界標準の「新ISO方式」へと変更されました。この規格に準拠したホイールナットは、一般的なナットと同じく「総輪右ねじ(=右に回すと締まる)」の仕組みになっています。 ただし、新旧の規格に基づくホイールナットは、単に「回す方向」が異なるだけではなく、ホイールを固定する機構が微妙に違っていました。JIS方式のナットは「球面」になっており、ホイールに食い込む構造でしたが、新ISO方式のナットはホイールと接触する部分が「平面」になっており、横からまっすぐ押さえる方式になりました。 「食い込む」と「押さえる」――。専門家の中には、この微妙な違いに基づく「固定力」の差が、先述した「左に傾いている道路構造」などと相まって、「左後輪」が外れる事故につながっていると考える人もいます。とはいえ、この説も正しいと立証できたわけではありません。 タイヤが外れる事故を減らすために、ホイールナットの規格を「元のJIS方式に戻せばよい」と考える専門家もいますが、新ISO方式の導入は、当然ながら国交省による念入りな確認作業や検証実験が行われた末に決められました。もちろん「安全性に問題はない」という結果が出たからこその規格変更であり、明確な原因が特定できていない状況下での対応は、なかなか難しいようです。 国交省は今後も「(左後輪の脱落は)引き続き検討すべき課題として、監視・調査・対策を行う」としています。