「母国の味」に執念深い中国人、世界のどこに行っても野菜を育てる⋯月面での栽培も視野に
古く懐かしい話題だが、SNS「mixi」で流行ったパソコンで遊ぶ「サンシャイン牧場」を覚えているだろうか。サンシャイン牧場は熱酷(北京分播時代網絡科技)が開発した、農場や牧場で限られたいくつかの土地に種をまき、水やり、肥料を与えると野菜が育つゲームだ。また当時の農場ゲームのはしりである「開心牧場」も中国企業の五分鐘が開発し、2010年前後には中国で農場ゲームは大変流行っていた。団地の公共スペースや、誰のものでもない河原で、勝手に中国人住民が野菜を栽培するというニュースを覚えている読者もいるかもしれない。 日本のアニメやゲームがどこか日本人の生活感があるように、農場ゲームにもまた中国人の生活感が反映されている。10年以上前に流行った中国の食を紹介する「舌尖上的中国(A Bite of China)」は今見ても素晴らしいドキュメンタリー動画だが、監督は「中国人はどこへ行っても、野菜の栽培をしようとする」とコメントしている。中国人が経営したいわゆる「ガチ中華」料理店のオーナーが、母国の味を再現するために自ら農園で育てているということもよくあるが、そもそも中国人は野菜づくりが好きで、心が落ち着くので野菜を作ろうとする人は多い。
日本で成功を収めたのが栃木県栃木市にある「北海農場」だ。大きな敷地に観光農場と観光牧場を併設し、新鮮な食材による食事を食べて、麻雀やトランプなど様々なゲームで思い思いに遊び泊まることもできる。中国の都市郊外にある農家楽(ノンジャーラ)という娯楽施設をそのまま再現したような施設で、母国同様の息抜きを求めて多くの中国人がやってきている。北海農場をつくったのは2016年にIT業界から転身した範継軍氏だ。野菜作りが大好きな中国人グループを率いて数十種類の中国特産野菜を栽培し、敷地面積5万平方メートルに温室を構え、年間売上高5億円を超える農場に発展した。 世界各地で中国人は大小問わず事業を起こしている。また世界各地での野菜作りの話題も探すとかなり出てくる。 フランスのパリ郊外のボビニーでは福建省出身の楊梅氏ら13人の中国人が、1000平方メートルを超える広い荒地を自主的に開拓した。40年近く放置されて雑草やゴミだらけではあったが、荒れ地を見て皆で野菜を植えたいという気持ちが沸き上がり、行動に移したという。ただパリのルールでは、誰でも自分の庭園をつくれるが、まずは野菜栽培許可証を申請する必要があり、有効期限は1年間(最大4年間自動延長可能)となっていて、しかも楊氏らは知らずに開拓していたという。市は違法菜園を発見すると、禁止の張り紙を貼って菜園に施錠をした。しかし楊氏は粘り強く交渉を続け、市長が特別承認したことが、中国メディアで美談として報じられている。 地中海に浮かぶスペインのマヨルカ島では、2021年に中国出身の男性、イン氏がネットで注目された。浙江省出身の彼は15歳で縫製工場の経営を始め、23歳でスペインのマヨルカ島に定住し約30年暮らしている。当初は島で衣料品店を開き生計を立て、その後自身の3ヘクタールの土地で栽培した農産物を扱う店を経営するようになった。イン氏は小売事業を成功させただけでなく、マヨルカ島でアジアの果物や野菜を栽培した最初の中国人となり、多くのスペイン人が彼の店を訪れた。 イタリアのミラノ北方にあるスイス国境に近いヴァレーゼの街で、周海濱氏は野菜栽培のために2万平方メートルの土地を購入し、中国の温室野菜栽培設備類を導入した。1995年に周氏は中華料理店で働くため、浙江省温州市からイタリアへ。イタリアの中華料理店で使われる野菜のほとんどがタイ産で、かつ品種が限られていたことから、これでは中華料理が再現できないとイタリアで中国野菜を栽培しようと決意したのがそのきっかけだ。さらに周氏はマントバに大規模農場建設のために100万ユーロ近くを投資した。 新型コロナウイルス感染拡大を受けて、周氏はオンラインとオフラインを組み合わせて生き残りをかける。当時、周氏はミラノのチャイナタウンに自分の八百屋を開き、WeChatのミニプログラムを通じて農産物を販売していた。この辺の手法は在日華人とよく似ている。現在周氏の農場ではサツマイモ、ゴーヤ、冬瓜、セロリ、豆など50種類以上の野菜を作り、イタリア国内の中華料理店や工場や個人のほか、ドイツ、ハンガリー、チェコ、フランスなどの顧客にも対応している。 カナダのカルガリーで、名門北京大学卒の董健毅氏が同国初の「中国式温室」を建設した。董氏は北京大学で地質学の修士号を取得し、世界的石油企業勤務でカナダに移住するも、原油価格の暴落に遭遇し、一度は職を失った。一旦は中国の農場で半年間無償で働き、その後カルガリーに戻り、複数人と協力して土地を購入した。カルガリーは冬季オリンピックが開催された場所で、緯度が高い上に標高も高く、冬には雪が降り、霜が降りない期間はわずか100日程度と、野菜の栽培に向いているとは言い難い土地だ。そこで中国に帰国し視察を行い、冬の寒さにも対応できる、面積1000平方メートルにもなる暖房にも対応した二重アーチと二重膜の農業用温室ハウスを建設し、温室の野菜はすべて化学肥料や農薬を使用しない有機栽培を実現した。YouTubeでその奮闘の様子を動画でアップするや、多くの再生回数を稼いでいる。 このように日本や欧米など世界中で中国人は中国野菜栽培に情熱を燃やす。先日中国国家航天局の月探査と宇宙プロジェクトセンターの関係者からの声明で、2050年までに月の南極センターで人が短期間生活でき研究できる環境を整えることを目標としていることが明らかに。中国人は地球に留まることなく、将来月面でも中国野菜を育てて、ガチ中華を満喫しそうだ。 (文:山谷剛史)