とらやはなぜエルメスのライバルになり得たのか ラグジュアリーの定義から紐解く
4. 素晴らしい素材
和菓子の原材料は、米や小豆などの農作物が中心。その良し悪しが味や風味に直結することから、とらやでは、最良の原材料を安定的に確保することに高い優先順位をつけている。特に羊羹や生菓子など幅広い和菓子に使用する「白小豆」については、農林水産省から民間の小豆として初めて独自の品種として認められた希少原材料「福とら白」を使用しており、専属契約している群馬県と茨城県の農家から供給を受けている。「とらやの和菓子の美味しさは、手間をかけて生産してくださる方々の存在があってこそ」(広報担当者)。とらやでは原材料調達部門の社員が直接産地へ赴き、和菓子作りに対する考えを共有するなど、農家と密なコミュニケーションを図ることで「生産者とともに歩んでいく」ことを大切にしているという。
5. 職人によるクラフトマンシップ
和菓子作りでは、天然の食材を使用しているがゆえに原材料の質が一定でないのに加え、製造場の環境、使用する道具の状態などが日によって異なるため、安定した品質の菓子を作るには卓越した職人の感覚と技術が重要になる。例えば羊羹作りでは、豆を煮る際の火入れ加減や仕上がりのタイミングを「えんま」と呼ばれる大きなしゃもじから滴る羊羹の垂れ具合を見て、煉りあげの加減を職人が判断するという。また、季節の生菓子作りはほとんどが手作業で行われる。「和菓子作りではどうしても機械に頼れない部分がある。要所では必ず人の手を入れ、確認するようにしている」と広報担当者。 またとらやでは、上位の職人が経験の浅い職人に知識や技術を伝えることや、職人全員のレベルアップを目的とした講習会を定期的に開催。「意匠としては素晴らしいが実現は不可能」と言われてきた、虎の疾走感を黄と黒の斑模様で表現した羊羹「千里の風」は、職人が試行錯誤の末に新たな技法を編み出したことで完成したという。
6. 社会貢献的な利他性
とらやの研究部門では、生産者の減少などによって希少になりつつある原材料や、和菓子と健康の関わりについてについての研究を行っている。最近では「羊羹の食後血糖値に与える影響」に関する研究内容を発表するなど、自社だけでなく業界全体の発展に繋げることを目指している。また、小豆の餡を作る際に残った豆の皮はバイオガス発電の燃料として近隣の処理施設に提供しているという。 以上から、とらやは経済産業省が資料で言及したラグジュアリーの条件を全て満たしていることが分かる。エルメスやバレンシアガがとらやをリスペクトしたというのも、知らず知らずのうちにこれらの項目について考えを巡らせ、自社と近しいものを感じたからではないだろうか。 最後に、とらやがラグジュアリーの条件を全て満たしていることを広報担当者に伝えると、こんなコメントが返ってきた。「創業以来続けてきた事業がラグジュアリーと呼んでいただけるのは本当に光栄なことですが、私たちはあくまで『和菓子屋』。今後も、お客様に美味しいお菓子を届けることを第一に考えて、菓子作りに励んでいきたいと思います」。ラグジュアリーとは、プロデュースするものではなく、ひたむきにモノづくりに向き合った結果として辿り着く境地なのかもしれない。室町時代後期から続く日本の老舗ラグジュアリーブランドが、今後どのように時代に呼応しながら事業を発展させていくのか、後に続く未来のラグジュアリーブランドたちにとって、重要な指針になりそうだ。