「牛は環境破壊の悪者じゃない」BAKE創業者が山地放牧を目指すワケ
焼きたてチーズケーキ専門店のBAKEを大ヒットさせてバイアウト。「しっかり流行る」お菓子を世に誕生させ続けるユートピアアグリカルチャーの長沼真太郎は、なぜ、今、山地酪農の実証実験に注力するのか。 「カルチャープレナー30」特設ウェブサイト 北海道日高町にある、東京ドーム約7.5個分の広大な牧草地。約80頭の牛がのびのびと草を食む姿は、のどかな牧歌的世界を思い浮かばせる。しかし、そこで行われているのは単なる酪農ではなく、未来の食と地球の姿を問いかける壮大な挑戦だ。 長沼真太郎が率いるユートピアアグリカルチャー(UA)は放牧酪農や平飼い養鶏などを手がけるほか、そこで取れた牛乳や卵を使ったお菓子の製造・販売を行う。「とにかくおいしいお菓子をつくることが人生のミッション」と言い切る長沼が、最高の原材料を突き詰めた結果だ。 長沼は、札幌の老舗洋菓子店「きのとや」の創業家の長男として生まれた。「フレッシュであること、手間を惜しまないこと、最高の原材料を使うこと」という「おいしいお菓子の三原則」を信条とする家業を経て、2013年にチーズタルト専門店のBAKEを創業。急成長を遂げて、メディアからの注目後も、「おいしいお菓子」への探求はとどまることを知らず、行き着いた答えは「最高の原材料を自らで生み出す」ための牧場経営だった。 2017年にBAKEをバイアウトした後、長年温めていた酪農への思いを胸に米国シリコンバレーへとわたる。最先端のアグリテックやフードテックに触れるなかで目撃したのは「牛は悪者」という風潮だった。環境破壊につながるとして畜産や酪農を問題視する声が高まり、代替肉や植物由来食品などの研究・開発が勢いづいていたが、長沼は「本物の乳製品を使った究極の嗜好品へのニーズは必ず存在し続ける。環境負荷を最小限に抑えつつ、おいしさと持続可能性を両立させて『本物』を生み出す方法を追求したいと考えた」。 畑や牧場などの環境を再生させながら農業や畜産業を営む「リジェネラティブ・アグリカルチャー(環境再生型農業)」との出合いも大きかった。「牛は悪者じゃない。飼い方が悪いだけ」。そう確信し、帰国後UAに本腰を入れる。 長沼は牛をつないだまま干し草を与え、多くの生乳をとる従来型の酪農が見過ごしてきた牛と自然の共生関係に着目する。放牧における牛のストレス軽減はもちろん、牛のふん尿は牧草へ養分を与え、土壌を豊かにする。また、牛が歩くことで土壌が混ざり、牧草は食べられることで再成長が促される。土草の密度が高まり活性化することで、牛の呼吸やゲップによる温室効果ガスの吸収源となるのだ。 日高牧場では北海道大学大学院農学研究院と共同で、土壌が貯留する炭素量に関する研究を進めている。2年間の計測の結果、32haの敷地面積がある日高牧場は、毎年牛35頭分が排出するメタンガスをオフセットできている可能性があることが分かった。「放牧は、牛にとっても、環境にとっても、経営にとっても良いことづくしなんです」。