イスラム国の「ネット戦略」と報道のあり方を考える 日本大学大学院新聞学研究科教授・福田充
今年1月、シリア内戦やイラク内戦で戦闘を続けているイスラム国が日本人の人質、湯川遙菜氏と後藤健二氏の生命と引き替えに、日本政府に対し身代金として2億ドルを要求する人質テロ事件が発生した。これは、安倍首相が中東への2億円の人道支援を表明したタイミングを狙った要求型テロリズムである。 テロリズムは、政治的目的のために爆弾事件や人質事件などの暴力によって社会の注目を集め、メディア報道を利用して自分たちのメッセージを世界に宣伝し、敵対者の政策を変更させたり、社会不安を煽って世論を混乱させたりすることを目的とした政治的コミュニケーションである。その結果、メディアとテロリズムの間には互いを利用する「共生関係」があると批判されてきた。 これまでも歴史的に様々なテロ事件が発生してきた。1972年の「黒い九月」事件では、パレスチナ人過激派組織「黒い九月」が世界にテレビ中継されるミュンヘン・オリンピックを狙い、イスラエル選手団を人質にとることにより世界にパレスチナの状況を宣伝することに成功した。また79年のイラン米大使館人質事件でも、犯行グループは長期化する事件において世界のテレビや新聞報道を利用して世界にメッセージを発信した。
イスラム国の「ネット戦略」
これまでのテロリズムと、今回のイスラム国による邦人人質テロ事件が異なるのは、イスラム国がインターネットやソーシャル・メディアを駆使している点である。イスラム国が日本人二人を人質にとった動画メッセージを掲載したのもネット上であり、ソーシャル・メディア上であった。現代では、テロリストは自分のホームページから情報発信し、YouTubeやFacebook、Twitterなどのソーシャル・メディア上でメッセージや動画を掲載できる。ソーシャル・メディアを介してテロリストと一般市民はグローバルに直接つながることができる。 イスラム国のネット戦略の中心は、(1)プロパガンダ、(2)リクルート、(3)資金集めである。人質テロを起こし、その人質の動画と政治的メッセージをソーシャル・メディアに掲載するだけで、世界中のメディアや一般市民に向けて自分たちの存在を、宣伝(プロパガンダ)できる。それをメディアが報道することにより、さらにそのメッセージは世界中に拡散され、宣伝効果が増大する。そのプロパガンダにより、世界中からイスラム国に対して共感する若者が中東に集結し、イスラム国の戦闘員となっている現状がある。イスラム国はネットを戦闘員のリクルートの手段として位置づけている。世界各国からテレビ局や新聞社でのジャーナリスト経験を持つ若者がイスラム国に参加し、イスラム国の広報局「フルカーン」に所属して人質の動画を撮影編集し、ネット上で発信している。イスラム国はメディアを活用するためのプロパガンダ機関を持っているのである。さらにイスラム国はそのプロパガンダにより、世界中の支持者からカンパを集め、戦闘資金としている。これらの3つの活動を支えているものが、インターネットでありソーシャル・メディアである。