過去の地球の公転軌道は “予想以上” に予測困難 恒星接近を考慮したモデルで検証
■恒星を考慮したモデルで詳しく計算
Kaib氏とRaymond氏の研究チームは、惑星の公転軌道の変化に関する計算に、重要な前提が欠けていることを指摘しました。公転軌道の変化に関する多くの計算は、太陽系の中の天体の動きのみを考慮しており、周りには何もないことを前提としています。これは前提条件を簡単にすることでコンピューターでの計算時間を短くするための工夫です。実際の太陽系は孤立しておらず、天の川銀河の中を周回していますが、このことを考慮した場合は計算があまりにも複雑になるため、これまであまりタッチできない領域となっていました。 天の川銀河に属する個々の恒星は、銀河の中をほぼ同じような向きと速度で運動していますが、実際にはわずかな違いがあります。このため、太陽の近くを別の恒星が通過することがあります。その距離は、100万年ごとに約0.8光年 (5万au / 7兆5000億km) 以内、2000万年ごとに約0.2光年(1万au / 1兆5000億km)以内であると言われています。 恒星がここまで接近すると、太陽系の外側を公転する4つの巨大惑星(木星・土星・天王星・海王星)の軌道をごくわずかながら変化させると考えられています。例えば、海王星の公転軌道の現在の形は、その約3分の1が、過去数十億年間の間に接近したいくつもの恒星の影響であると考えられています。そして、巨大惑星はそれだけ重力が強いため、巨大惑星の公転軌道が乱されれば、内側を公転する地球などの公転軌道を乱すことに繋がります。
■軌道予測がこれまでよりもっと難しくなることが判明
Kaib氏とRaymond氏は今回、惑星の公転軌道の予測モデルに恒星の通過を加えたシミュレーションを行いました。モデルでは、100万年当たり18個の恒星が1パーセク(約3.3光年)以内を通過すると仮定しました。その結果、恒星の通過による巨大惑星の公転軌道の変化、そしてそれによって起こる地球の公転軌道の変化はかなり大きいことが分かりました。 特に注目されるのは「HD 7977」という恒星の接近です。太陽とほぼ同じ質量を持つHD 7977は、約280万年前に太陽に接近したと考えられています。ただし、接近距離の推定には幅があり、最も近い場合では約0.06光年(4000au / 6000億km)、最も遠い場合では約0.5光年(3万1000au / 4兆5000億km)であると推定されています。 HD 7977の接近距離について様々な仮定を行ってシミュレーションを行ったところ、接近距離が比較的近い場合、地球の公転軌道の変化が早い段階で予測が困難になることが分かりました。Kaib氏とRaymond氏は、接近距離の推定に幅があることも考慮して総合的に考えると、地球の公転軌道について精度の高い推定が可能な期間は最大で約10%短くなると考えています。 冒頭に述べた約5600万年前の暁新世-始新世温暖化極大は、5000万年前までは地球の公転軌道が正確に予測できるという前提の下、公転軌道の変化が原因であるという説が提唱されました。しかし、今回の研究で示されたように、正確に予測可能な範囲が1割も短くなってしまうと、前提の一部が成立しないことになります。これまでの説を否定するほどの重大な問題ではないものの、これは留意すべき結果でしょう。 今回の研究は、これまでのモデルで省かれてきた恒星の影響を盛り込む重要性を示しています。計算の困難さや時間がかかりすぎる問題は技術革新によって徐々に改善されていますし、恒星の接近距離の不確実さもより正確な観測によって縮まるでしょう。今後の惑星軌道の予測モデルでは、恒星の存在は必須となるかもしれません。 Source Nathan A. Kaib & Sean N. Raymond. “Passing Stars as an Important Driver of Paleoclimate and the Solar System's Orbital Evolution”. (The Astrophysical Journal Letters) Nathan Kaib. “Passing Stars Altered Orbital Changes in Earth, Other Planets”. (Planetary Science Institute)
彩恵りり