「血の涙で取り戻した政権」という未練と弾劾【コラム】
パク・チャンス|大記者
「保守の大統領を連続で弾劾するわけにはいかないじゃないか」 与党「国民の力」のある人物は、尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の弾劾に反対する理由をこのように述べた。キム・ゴンヒ特検に反対するのも、大統領弾劾につながる可能性があるからだ、とこの人物は語った。この人物の率直な発言は与党内の多くの人々の考えであり、保守陣営全体の心配を示すものであるはずだ。軍事独裁時代はさておくとしても、1987年の民主化以降の数少ない保守大統領のうちの1人は国家不渡りにぶち当たり、もう1人は憲政史上初めて弾劾された。尹大統領が弾劾されたら、保守政治勢力には非常に痛く恥ずかしいことだろう。「血の涙を流して取り戻した政権」というホン・ジュンピョ大邱市長の表現は、そのような感情を端的に表している。 しかし、状況は思わしくない。先週末の韓国ギャラップによる世論調査では、尹大統領の支持率は20%と最低値を記録した。どの大統領にも支持率の浮き沈みはある。支持率が低くても「任期を短縮して退陣せよ」とは簡単には言われない。今は異なる。近ごろは人に会えば、進歩か保守かを問わず、言うことは同じだ。嘆息しながら「このような状態でさらに2年半も過ごしたら、国はどうなるのか」だ。ではどうすべきなのかは意見が分かれるが、大統領が残りの任期を全うすることは国の運命に決定的な悪材料として作用する恐れがあるという懸念は一線を越えている。その中心にはもちろん、キム・ゴンヒ女史をめぐる問題がある。しかしキム・ゴンヒ問題よりも恐ろしいのは、まさに尹錫悦大統領の無能と独善、裏切りに対する絶望だ。 与野党の政争の中では危機でないことはあまりなかったし、「政治は4流」だという話は耳にたこができるほど聞いてきた。それでも大韓民国が数々の山を越え、今の段階にまで至ったのには、国政を運営する政治権力に対する国民の信頼が大きな役割を果たしてきた。数多くの問題を抱えているにもかかわらず、多くの国民が大統領制を支持してきたのも、大統領はいかなる政治家よりも国民と国のために献身するはずだとの期待があったからだった。今、政治権力とその頂点に立つ大統領に、そのような肯定的な役割を期待する雰囲気は爪ほども感じられない。 緻密な準備もなしに手をつけた医療改革は、「2000人増員」という大統領の一言でこじれてしまった。問題を解決する意志も能力も、大統領は示せていない。経済にも赤信号がともって久しい。「韓国の競争力と成長のすう勢は世界に注目されている」との大統領の大言壮語の結果は、先週発表された「第3四半期経済成長率0.1%」という衝撃的な数値だ。間もなく行われる米大統領選挙は、韓国経済の時計をさらに不透明にする恐れがある。無謀な外交政策は、それよりはるかに危険で直接的だ。北朝鮮軍がロシアを支援するために参戦するという情報よりも心配なのは、北朝鮮に対応するという意志のためだけにウクライナへの殺傷兵器の供給まで検討するという大統領の単細胞的アプローチだ。朝鮮半島の平和は薄氷の上にある。2年半という時間は、このような危機を現実の悪夢へと変えるのに十分すぎる。 束縛から抜け出す現実的な道は、弾劾または任期短縮改憲だけだ。大統領制において弾劾は最後の手段だが、国民の信頼を裏切った指導者を変える合法的な手段でもある。弾劾に反対する最も重要な論拠は「政治の不安定を深め、民主主義を危うくする」というものだ。だが、弾劾はダウンしたパソコンを再起動するのと同じ効果がある、とかなりの数の政治・法学者たちは言う。「1990年から2018年の間に成功した10件の国家元首の弾劾例を見ると、法治主義や言論の自由などの項目において民主主義は侵食されていない。弾劾は国のリーダーシップの喪失を解決し、民主主義に新たな活力を吹き込んだ」。シカゴ大学ロースクールのトム・ギンズバーグ教授のチームは「ロサンゼルス・タイムズ」への寄稿でそう述べている。その10件の例の中には、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領の弾劾も含まれている。同チームは、「弾劾手続きだけでも、ほとんどの大統領は政治的な目的のある外交政策などの物議を醸す行動を自制することになる」と付け加えている。 キム・ゴンヒ問題を避けて通れたとしても、危機を脱することはできない。「女史が公開の行動を自制すれば済む」とか、「特別監察官を任命しよう」とかいうような対応は、靴を履いて足の裏をかくようなものだ。問題の根源は、朴槿恵弾劾の教訓を胸に刻むことができず、国を率いる姿勢も能力もない人物を権力のみこしにただ乗りさせたことにある。保守政治勢力が考えるべきは、キム・ゴンヒ問題を避ける便法ではない。現政権の失敗を謙虚に認め、国民に希望を与える道を選択することだ。「やっと取り戻した政権なのに…」という未練を感じるには、尹大統領はあまりにも遠くへ行ってしまった。 パク・チャンス|大記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )