冤罪を招いた「足利事件」の教訓を胸に、世界トップレベルへ! DNA型鑑定で犯人逮捕にこぎつけた、発生から12年の殺人事件
---------- 30年を超える記者生活で警察庁・警視庁・大阪府警をはじめ全国の警察に深い人脈を築き、重大事件を追ってきた記者・甲斐竜一朗が明らかにする刑事捜査の最前線。最新著書『刑事捜査の最前線』より一部を連載形式で紹介! ---------- 冤罪を招いた「DNA型鑑定」が冤罪を防ぐ武器になる
足利事件の誤りも教訓として進歩
水一滴の30分の1~40分の1。法遺伝学が専門の医学博士で関西医科大学の橋谷田真樹准教授によると、いまやDNA型鑑定は、それほど微量な資料でも複数回の実施が可能とされる。DNA型鑑定は試薬も機械も全世界共通で、精度は世界基準でどんどん上がり、それに合わせて日本も向上してきたとみられる。 過去のDNA型鑑定の誤りが判明して2010年に再審無罪となった「足利事件」(1990年5月発生)の捜査などを教訓として進歩した日本警察のDNA型鑑定の技術は、現在世界のトップレベルとされる。当時はDNA型鑑定に関する全体的な基準がなく、警察もDNA型鑑定を決め手にするというより、それを基に容疑者から自供を引き出そうとした可能性が強い。 橋谷田准教授は現在のDNA型鑑定について「1990年代に本格的に導入後、誰が見ても納得できる結果として裁判の証拠に出そう、と警察の意識は変わった。鑑定人のクオリティーに始まってラボの設備、プロトコル(手順)などと決まり事を整備していった。いまは自信を持って科学的に検証を積み重ねた証拠と言えるだろう」と評価する。 手袋をすれば付着しない指紋に比べ、汗、血液、唾液、皮脂などDNA型鑑定の資料は犯人の意に反して遺留され、採取の可能性は非常に高い。樋口は「現場にいた限りは生体資料を残さないで立ち去るのはほぼ不可能だ。丹念な鑑識作業をやりさえすれば採取できる」と自信を見せる。 一方で、現場に遺留された毛髪などの資料とDNA型が一致しても、それだけで100%犯人だとは言えないケースは多い。現場にあった毛髪がその人のものだというのは鑑定だけで断定できるが、それだけでは犯人かどうか判断するのは困難だ。自供や別の証拠を積み重ね、多角的に証明する必要があり慎重にならなければならない。 また、刑事指導室長としてDB化に携わった警察庁長官の露木は「複数人のDNAが混入するコンタミネーション(資料汚染)が起きると、鑑定の信用性が失われる」と指摘。科捜研での鑑定には外部から無関係なDNAの混入を防ぐため厳重に管理されたクリーンルームが使われているという。 2022年末のDB登録数は指紋の約1157万人に比べ、DNA型はまだ1桁少ない約169万人。だが警察が採取した資料とDBの照合による一致件数を見ると、指紋が2009年以降、3000~4000件台なのに対し、DNA型は11年以降4000~6000件台で推移し、容疑者や余罪の割り出しで指紋以上の成果を出している。 警察庁は2011年に千葉県柏市の科警研で、18年にさいたま市の関東管区警察局で、それぞれDNAセンターをスタートさせた。通称「柏DNAセンター」「埼玉DNAセンター」と呼ばれ、全国の警察署で任意採取した容疑者の口腔内資料を一括大量鑑定し、DBに登録している。都道府県警の科捜研の負担を減らし、緊急性の高い現場資料や余罪がありそうな容疑者の資料など、より重要な鑑定に力を注いでもらうためだ。 スタート当初からDNA型鑑定に携わった科警研の指導官は「客観証拠重視の中でDNA型鑑定の役割は大きい。犯罪を立証するだけでなく、容疑者を特定するのにもかなり有力だ。未解決の殺人事件でも、容疑者が何年もたった後で万引きとか別の事件を起こしてDBと一致して解決することがある。これからも国民に信頼されるような運営をしていきたい」と話す。