松竹創業百三十周年「壽 初春大歌舞伎」 初春にふさわしい華やかな舞台が開幕
松緑初役の『熊谷陣屋』、右近×壱太郎共演の舞踊劇、隼人主演、人気ドラマの歌舞伎版。多彩な演目が並ぶ夜の部
夜の部は、戦乱の世の無常が胸を打つ、時代物の名作『熊谷陣屋(くまがいじんや)』から。「平家物語」の世界を大胆に脚色した義太夫狂言の名作で、熊谷直実の武将としての生き様、そして戦乱ゆえの悲劇が描かれる。 源平争乱の時代。自らの陣屋に戻った源氏の武将・熊谷直実(尾上松緑)は、妻の相模(中村萬壽)に息子小次郎の活躍と、平家の公達敦盛を討ったことを明かす。そこへ恩義ある敦盛の母藤の方(中村雀右衛門)が現れ、やがて源義経(中村芝翫)による敦盛の首実検が行われると……。 武将としての猛々しさから親としての悲しみと無念さをじっくりと魅せた初役の松緑。客席からはすすり泣く声も漏れ、人生の儚さが胸を打つ時代物のひと幕に温かな拍手が送られた。 続いては、美しくて儚い幻想的な舞踊『二人椀久(ににんわんきゅう)』。 傾城の松山太夫(中村壱太郎)に入れ揚げた、大坂の豪商・椀屋久兵衛(尾上右近)。座敷牢に繋がれた久兵衛は、松山に逢いたい一心から牢を抜け出し、彷徨う。美しい月の光に照らされて、忽然と現れた松山。久しぶりの再会を喜び合い、逢瀬を楽しむふたりだったが……。 月の光に照らし出される椀屋久兵衛(椀久)と松山太夫のふたり。数々の名コンビが上演してきた歌舞伎舞踊の名作を、今回は尾上右近の椀屋久兵衛、中村壱太郎の松山太夫という清新な組み合わせで。事前に行われた取材会で右近は「ふたりなりの『二人椀久』をお届けして、観に来てよかったと思ってもらえるよう心して取りかかりたい」と意気込み、壱太郎は「松と月のみのシンプルな舞台で、どれだけ美しい世界をつくれるか極めていきたい」と公演に向けた抱負を語っていた。 昨年1月歌舞伎座では女方舞踊の大曲『京鹿子娘道成寺』を日替りで勤めたふたりが、今年は舞台上に揃い艶やかな姿を魅せると、客席からは盛大な拍手が送られた。 新春にふさわしく多彩な演目が並ぶ「壽 初春大歌舞伎」。夜の部は、華やかな新作歌舞伎『大富豪同心(だいふごうどうしん)』で打ち出しとなる。原作の幡大介の時代小説は、累計100 万部を超える人気シリーズ。大富豪の若旦那が同心となって難事件を解決する爽快さが話題を呼び、令和元(2019)年よりNHK のBS 時代劇としてドラマ化され、主役の八巻卯之吉と幸千代の二役を中村隼人が演じている。このたび、新作歌舞伎として上演される『大富豪同心』では、ドラマと同じ二役を隼人が勤めることも話題となる。 江戸随一の豪商・三国屋徳右衛門(中村鴈治郎)の孫、八巻卯之吉(中村隼人)は放蕩三昧。見兼ねた徳右衛門が金に物を言わせて、卯之吉を同心として働かせるが、腕っぷしも弱く、刃物を見ると気絶するほど、見事に頼りない。一方、病に伏した将軍家政は弟・幸千代(中村隼人)を江戸へ呼び寄せる。いつものように幇間の銀八(尾上右近)を伴い遊び歩く卯之吉が、新年を迎えた八幡様にやってくるとそこには瓜ふたつの男がいて……。 隼人は事前に行われた取材会で「僕の役者人生に大きな影響を与えた作品ですので、とにかく妥協なく全身全霊でいいものをつくりたい」と意気込みを語っていた。隼人は卯之吉と幸千代、瓜ふたつの人物を早替るという歌舞伎では珍しい早替りをテンポよく見せ、映像とは異なる舞台化ならではの早替りの演出で客席を沸かせた。卯之吉の恋人の美鈴を中村壱太郎が生き生きと演じ、殺気ある清少将を坂東巳之助が妖しく、幇間の銀八を尾上右近が賑々しく、将軍・徳川家政を坂東新悟、幸千代の許嫁・真琴姫を中村米吉が勤めるなど花形が活躍し舞台を盛り上げた。歌舞伎座で初演出となる松本幸四郎は、卯之吉を慕う親分・荒海ノ三右衛門でも登場し、要所要所で笑いを誘い、中村鴈治郎が卯之吉を溺愛する三国屋徳右衛門を自在に演じる。市川中車、中村亀鶴、市川猿弥、市川笑也、市川笑三郎らがしっかりと持ち場をつとめると客席も大盛り上がり。現役最高齢94 歳の市川寿猿が舞台復帰を果たし、「無事に病が治って、お客様、ありがとうございます。お客様は神様!」とよく通る声でハッキリと喋ると場内からは大きな拍手が起きた。演出と振付を担う尾上菊之丞が「楽しい気分でお帰りいただけるような踊りをお見せしたい」と取材会で述べていた通り、最後は出演者による総踊りで盛り上がった。気軽に楽しめる娯楽時代劇の誕生、続編に期待が高まる。 「壽 初春大歌舞伎」は2025年1月26日(日) まで、東京・歌舞伎座で上演。 <公演情報> 松竹創業百三十周年 「壽 初春大歌舞伎」 【昼の部】11:00~ 一、 寿曽我対面 二、 陰陽師 大百足退治 鉄輪 三、玩辞楼十二曲の内 封印切 【夜の部】16:30~ 一、熊谷陣屋 二、二人椀久 三、大富豪同心 2025年1月2日(木)~1月26日(日) ※休演:8日(水)、16日(木) 会場:東京・歌舞伎座 ※昼の部:14日(火)、23日(木)、24日(金)、夜の部:22日(木)は学校団体来観。 ※25日(土)昼・夜の部は「歌舞伎座 着物の日」