「有能でない人や努力しない人にも楽なシステム」は崩壊した…今の状況が「それはそれで不健全」だと言えるワケ
日本は今、「人生100年」と言われる長寿国になりましたが、その百年間をずっと幸せに生きることは、必ずしも容易ではありません。人生には、さまざまな困難が待ち受けています。 【写真】じつはこんなに高い…「うつ」になる「65歳以上の高齢者」の「衝撃の割合」 『人はどう悩むのか』(講談社現代新書)では、各ライフステージに潜む悩みを年代ごとに解説しています。ふつうは時系列に沿って、生まれたときからスタートしますが、本書では逆に高齢者の側からたどっています。 本記事では、せっかくの人生を気分よく過ごすためにはどうすればよいのか、『人はどう悩むのか』(講談社現代新書)の内容を抜粋、編集して紹介します。
終身雇用と年功序列の崩壊
終身雇用と年功序列は、もはや死語のようになっていますが、昭和の時代では日本独自の古きよき雇用形態とされていました。現在でもそのシステムが廃止されたわけではなく、建て前上はともに是認されていますが、現実的には崩壊したといってもいい状況でしょう。 終身雇用と年功序列に相対するシステムは、転職の自由と実績主義です。 何事にもいい面と悪い面があり、相対する概念では一方のいい面が他方の悪い面になっています。 終身雇用ではいったん就職すると、会社が倒産さえしなければ生涯失業の心配がなく、生活が安定するといういい面がある反面、実力があってもほかの企業に移れないという悪い面があります。また、会社全体が家族的な雰囲気になり、困ったときには助け合うというメリットがある代わりに、公私混同や面倒な付き合いも必要になるというデメリットがあります。 かたや転職が自由になると、公私混同的なしがらみからは自由で、愛社精神を求められる必要もない代わりに、家族的なつながりのない冷ややかな関係になります。実力さえあればほかの企業に移って、高給を取れるというメリットがある反面、転職先で実績をあげられなければ、給与を下げられたり、居づらくなってやめざるを得なくなる危険性もあります。 年功序列でいうと、メリットは年齢が高くなれば優遇されることですが、デメリットは若いときに冷遇されるということです。実績主義では、若くても実績をあげれば優遇されるといういい面がある一方で、年齢が高くても実力がなければ冷遇されるという悪い面があります。 以上のことからわかるのは、終身雇用と年功序列はだれにでも優しいシステム、はっきり言えば、有能でない人や努力しない人にも楽なシステムだったということです。いったん就職すれば一生安泰ですし、さほど優秀でなくても、年齢に従って地位があがるのですから。 そういう優しいシステムに感謝して、自分のためだけでなく、会社のため、ひいては日本のために一生懸命働く人々がいたのも事実で、そういう人々のおかげで、日本が戦後、高度経済成長を遂げたという側面もあります。 しかし、時代は移り、バブル経済の崩壊以後、グローバル化や情報システムの変化などで状況が変わり、古きよき日本の雇用システムが崩れてしまいました。特に職場のIT化は、年功序列を心理的に葬ったといえるでしょう。かつては年長者がノウハウを身につけ、若年者を指導していましたが、ITに関しては、若年者が年長者にノウハウを教えているのですから。 転職の自由と実績主義が広まったおかげで、優秀な人や努力する人は、会社に縛られず、若くても高い収入を得てキャリアアップしていけるようになった反面、さほど優秀でない人や努力しない、あるいはできない人は、冷遇されて精神の健康を維持しにくい状況になっています。冷遇されても自分の能力ではそんなものと、謙虚に受け入れられる人は大丈夫ですが、能力がない人にかぎって実力以上にプライドが高いので、不平不満が募ります。 優秀な人や努力する人が優遇されるという状況は、ある意味、フェアなことですが、弱肉強食の非人間的状況になりかねず、必ずしも健全とはいえないでしょう。 一方、社会主義的に能力や努力の有無にかかわらず、すべてが等しい報酬を得るシステムにすれば、優秀な人は不満を抱き、努力をする人もいなくなって生産性が落ち、これもまた健全とはいえない状況になります。 問題は、不健全だとわかっていても、状況を変えることは簡単でないということでしょう。 さらに連載記事<じつは「65歳以上高齢者」の「6~7人に一人」が「うつ」になっているという「衝撃的な事実」>では、高齢者がうつになりやすい理由と、その症状について詳しく解説しています。
久坂部 羊(医師・作家)