マイルス・デイビスの黄金期はいつ? 独自表現獲得の軌跡がわかる味わい方
マイルスの黄金期はいつ?
ところで、マイルスのどの時代が黄金期かとよく話題になるが、トランペット奏者、即興演奏家として一番興味深いのは、この1950年代前半ではないだろうか。マイルスが憧れのチャーリー・パーカーと共演した1940年代は、むしろ凡庸なトランペッターで、やはり当時パーカーと共演したケニー・ドーハムの方が一枚上という意見がある。 そんなマイルスが徐々に自分の表現世界を獲得していったのが、この1950年代前半だった。一人の音楽家がこうも変わるのかと、その驚きの変貌の記録がこの時代のアルバムにある。たとえば、プレスティッジの諸作でもいいが、ブルーノート・レーベルに残されたアルバムで、最後の「イット・ネバー・エンタード・マイ・マインド」という一曲に至るまでの演奏を、録音年月日を丹念に追って聴いていくと、この時代のマイルスの苦闘ぶりがよく分かり、感動ものとさえ言いたくなる。この独特のファッション感覚をもった一人のトランペッターが、その鋭い感覚を武器に、自分の音楽世界を確立していったのがこの時代のマイルスである。 (文・青木和富)