東電の経営幹部はなぜ津波対策に失敗したのか?「現状維持バイアス」「集団思考」「アンカリング」…他人事ではない心理に潜む「歪み」
福島第一原発事故発生の2~3年前に同原発での津波対策を検討した経緯を振り返った東京電力の当時の役員や幹部社員の言葉に、「現状維持バイアス」「アンカリング効果」「ギャンブラーの誤謬」「集団思考」「総意誤認効果」など、心理学分野の研究で明らかにされてきている人の認知の歪(ゆが)みを示す内容が含まれていることが、それぞれが語った言葉の詳しい分析で分かった。 【写真】東電幹部の言葉からにじみ出る「心の罠」は他人ごとではない、あなたとその周囲にも…… 「福島第一原発は安全なはずだ」という認知と、それと矛盾するような認知の双方をあわせもつことの居心地の悪さ、いわゆる「認知的不協和」を解消しようと動機づけられて生じたとしか考えられないような認知の欠落もあった。 こうした認知の歪みや欠落によって、津波リスクを等身大に評価することができず、対策を見送って、事故を大きくしたということができる。
アンカリング~厳しい津波高の数値を聞いても、元の低い数値に引き寄せてしまう心の歪み
10メートルを超える高さの津波に備えた対策が福島第一原発で必要になるかもしれない、そんな話を2008年に耳にしたとき、東電の原子力部門で要職にあった2人がそろって思い浮かべた数字、それは、津波高さの旧来の想定、3メートルあるいは5メートルだった。 政府事故調が作成した聴取結果書によると、その一人、吉田昌郎・原子力設備管理部長は10メートル超の値を聞いて「うわあ」と感じ、その値に「ほんまかいな」と疑問を抱き、それに続けて思い起こしたのは、「私などが入社したときに、最大津波はチリ津波と言われていた」ということだった。 福島第一原発の設置が国により許可された1966年当時、その6年前の1960年に福島県内で観測したチリ地震津波の高さ3メートルを想定し、主要建屋のある敷地の高さを10メートルと定め、浸水することはない、と考えた。 吉田元原子力設備管理部長は、1979年に入社して福島第二原子力発電所に配属されてから30年近く、最大の津波高さとして「3mオーダー」をイメージしていたという。そのため、津波高さが10メートル超となる可能性の指摘を耳にして「非常に奇異に感じ」たという。 原子力設備管理部のナンバー2、山下和彦・地震対策センター所長も「従来の津波評価」を基準に新しい津波想定を検討したという。 供述調書によれば、山下元所長は2013年1月28日、東京地検で業務上過失致死傷の被疑者として取り調べられた際、検事の面前で次のように供述した。 「福島県沖海溝沿いで津波を伴う地震が発生することがあったとしても、従来の津波評価の3倍くらいとなる15メートル級の津波はもちろん、従来の評価水位の2倍くらいとなる10メートル級の津波が実際に発生することはないだろうと思っていました。そう思う根拠は特にないのですが」 2002年になって、福島第一原発の津波高さの想定は3メートルから5.4~5.7メートルに引き上げられた。このため、山下地震対策センター所長の念頭には「5メートル」の数字があったようだ。 このように、津波対策の可否の検討に関わる立場にあった原子力設備管理部長もその部下の地震対策センター所長も、2008年に10メートルを超える数字を聞かされたとき、従来の津波想定だった3メートルあるいは5メートルを頭に浮かべた。そして、その従来値が、10メートル超の数字の適否を判断する際の2人の思考に影響を与えた。 ある数値を見積もる際に、何らかの特定の数値を起点に思考すると、その起点が錨、すなわちアンカーのように思考を縛り、結果の数値を起点寄りに引き寄せてしまう人の心理の歪みは「アンカリング」と呼ばれ、心理学分野の研究の積み重ねで明らかにされてきている。