「煩わしさは客足を遠のかせる 人気の因数分解を間違えるととんでもないことに」ジェーン・スー
作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニストとして活躍するジェーン・スーさんによるAERA連載「ジェーン・スーの先日、お目に掛かりまして」をお届けします。 * * * 先日、大変興味深い経験をしました。事の発端は、友人の一言。私も訪れたことがある某人気丼もの店と同コンセプトの店が近くにできたものの、いつ覗いても繁盛している様子がない。レビューを見れば、サクラとは思えぬアカウントが高評価をつけている。不思議なんですよね~とのことでした。 ならば行ってみよう!と、好奇心に駆られ後日ひとりで足を運んでみました。単価が高い店でもないので、失敗しても平気です。 入店すると、できたばかりの店内は清潔そのもの。注文と支払いはタッチパネル式の機械ですが、それほど気にはならない。カウンターに座り注文の紙を出すと、店員さんが笑顔で受け取ってくれた……のですが、肩に掛かる髪が結ばれておらず、マニキュアは黒。これは嫌がるお客さんもいそう。店員さんが目の前で調理してくれる店なので、ちと気になる。一方、人気店の制服は天ぷら屋さんやお寿司屋さんのような白衣で、「この値段で良い店に来れた」と錯覚させてくれます。
さて、実食。目の前での調理(というか、盛り)には滞りなし。満を持して丼に箸を運ぶと、なんだか食べづらい。味の良さが打ち消されるほどに。混ぜてと言われたけれど、混ぜると大量の具材が丼からこぼれ落ちそう。食べ方案内には、混ぜたら丼の中身を海苔で包んで食べるとありました。しかし、丼に深く刺さった海苔はご飯にまみれ、うまく具材を巻けません。 違いが気になった私は、スマホで人気店の画像を検索しました。なるほど、あっちは丼が大きいし、海苔は別皿で提供される。だから、この煩わしさがなかったのか。 四苦八苦しながら食べ終え、再訪はしないと確信しました。「美味しい」を凌駕する煩わしさがあったからです。 人気店より量も多く、質も悪くない。しかし、食べていて楽しくはありませんでした。客が人気店のなにを好んでいるのか、理解していないと感じました。「わあ! 美味しい!」を一番に感じられる工夫が、人気店には随所にちりばめられているんだもの。 私は大満足で店を出ました。だって、すべてのBtoCに当てはまる話です。煩わしさは客足を遠のかせること、人気の因数分解を間違えると、とんでもないことになること。この程度の不満は言語化しづらく、店には届かないこと。いやあ、勉強になった! ○じぇーん・すー◆1973年、東京生まれ。日本人。作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニスト。著書多数。『揉まれて、ゆるんで、癒されて 今夜もカネで解決だ』(朝日文庫)が発売中 ※AERA 2024年4月15日号
ジェーン・スー