地元の味覚が楽しめる“役所メシの旅” ── 品川区役所「品川めし」
「アナゴを単独で味わいたい」という衝動がにわかにわき起こり、再び薄焼き卵をぱっとめくって薄褐色のアナゴを一切れ引っ張り出す。 黒い皿に横たわるアナゴは、ほのかにつやつやと光っている。本来ならば酢飯とともに薄焼き卵の衣をまとっているはず。 おもむろに、アナゴを箸で半分に切断し、まず片方を口の中へ。柔らかく、とろけるような白身の食感と、アナゴそのものが持つうま味の交錯に、悦楽を感じる。残る一切れを惜しみつつ、ゆっくりとほおばった。 そのアナゴも、薄焼き卵の上の青ノリも、品川区産ではない。江戸時代、品川において漁業は重要な地場産業だったが、近代化の波のなかで、漁場である東京湾の埋め立てが進むなど周辺環境の変化とともに衰退していった。
京急北品川駅から旧東海道を超えて海側へ行けば、往時の風情が残る品川浦の船だまりに出る。かつて、豊富な水揚げがあり、ノリの主要産地でもあったこの地では今、数件の船宿が軒を並べ、船だまりには屋形船やつり船が並ぶ。残った漁業者のなかには、船宿に転身した人もいるという。 アナゴや青ノリを使った品川めしは、漁業がさかんだった品川の歴史に思いをはせてほしい、という区の思いを背負っている。 食堂担当部署である総務部の米田博人事課長は、「区民には、歴史と文化が色濃く残る品川の土地に愛着と誇りを感じるきっかけを、品川をあまり知らない人には、品川に興味を持つきっかけを提供してほしい」と期待をかける。 食堂は平日午前8時~9時(モーニングタイム)、午前11時~午後2時(ランチタイム)、午後2時~午後5時(喫茶)営業で、定休日は土日祝日。品川区役所へは、東急大井町線の下神明駅から徒歩5分、JR京浜東北線・東急大井町線・東京臨海高速鉄道りんかい線の大井町駅から徒歩8分。 (取材・文:具志堅浩二)