アスリートへの「誹謗中傷」 なぜ増加? 心理カウンセラーが挙げる“6つの原因”
近年、アスリートが誹謗中傷の被害に遭うケースが増えています。8月11日に閉幕したパリ五輪でも、出場選手がSNS上で誹謗中傷されるケースが相次ぎ、問題となりました。 【図解で丸わかり!】あなたはいくつ当てはまる? 仕事の“ストレス”に関する項目チェックリスト アスリートに対する誹謗中傷が増加傾向にあるのはなぜなのでしょうか。考えられる原因について、カウンセラーやセラピストの養成を手掛ける、一般社団法人インナークリエイティブセラピスト協会・代表理事で、心理カウンセラーの佐藤城人さんに聞きました。
「ゆがんだ正義感」が影響か
Q.そもそも、他人を誹謗中傷する人には、どのような心理が働いているのでしょうか。 佐藤さん「次の3点が関係していると考えられます」 (1)他人に自己責任論を押し付ける 元々、日本は「玉虫色の解決」といわれるように、責任を明確にしない風土でしたが、2000年代に自己責任論が台頭するようになり、個人に「自己責任」が求められるようになりました。 本来、自己責任とは「自分の行動の責任は自分にある」という意味で、自分自身を戒めるような形で使われる言葉ですが、相手に対しても「もっと自分の行動に責任を持て」という形で、自己責任を押し付ける人が増えるようになりました。 その結果、スポーツの試合のように、勝ち負けが明確なものについては、ミスをした選手に対して、「あんなプレーをするからいけないんだ」「反省しろ」などと考える人が増え、それが誹謗中傷につながったのではないかと考えられます。 (2)裏切られたという心理 例えば、スポーツにおいては、応援する側と応援される側の関係が成り立ちます。そして、応援するファンの中には、自分の期待に沿わない結果が生じた場合、気持ちが「期待が裏切られた」「これだけ熱心に応援したのに」と、裏切られ感へと変質する人がいます。 その際に「自分は被害者」と捉える人もいて、その結果、他者に危害を加えるという加害者意識が薄らいでしまい、選手を誹謗中傷することがあります。 (3)ゆがんだ正義感 人間が物事を判断する際の価値観として、「心地よさ」と「正しさ」の2つを挙げることができます。そして、本当の正義の持ち主はこの2つの価値観に基づく言動を取ります。しかし、他人を誹謗中傷する人の場合、正しさを追求する一方、心地よさを欠くため、間違えた者・ミスをした者は罰してもよいという、ゆがんだ正義感を持ちがちとなります。 Q.パリ五輪の出場選手に対する誹謗中傷が問題となりました。なぜアスリートに対する誹謗中傷が増えているのでしょうか。 佐藤さん「先述の『他人に自己責任論を押し付ける』『裏切られたという心理』『ゆがんだ正義感』が関係しているほか、次の3点の混同が要因だと考えられます。順番に説明します」 (1)マナー違反とルール違反の混同 マナーとは「相手への思いやり」から生まれるものです。これに対して、ルールとは法律や規則、慣習など、社会生活を行う上での決めごとです。従って、違反した場合は、何かしらの罰則が科されます。一方、マナー違反には罰則は存在せず、本来、マナーとルールは異なるものです。 しかし、場の空気を読み、周囲の人と同じであることを重んじる日本人の場合、マナー違反とルール違反の混同が起きがちです。そのため、マナー違反の選手がいた場合、本来はマナー違反のレベルにもかかわらず、ルールを破ったかのごとく、その人を誹謗中傷してしまいます。 (2)事実と解釈の混同 事実とは、「見たまま・聞いたまま」のことです。これに対して、解釈とはその事実に対する捉え方です。誹謗中傷の場合、その発端は、「あそこで〇〇していれば勝てたのに、なんでミスをしたんだ?」「〇選手はきっと△△だったに違いない」などのような解釈がほとんどで、先述の自己責任論と重なる部分もあります。 スポーツの場合、どうしても勝ち負けはつきものです。しかし、事実で捉えるのならば、スポーツは勝ち、負け、引き分けの3つしかありません。その事実に対して解釈も加えると、人は感情的になってしまいます。 (3)自分と他者の混同 人間には相手の気持ちに共感する能力が備わっています。スポーツ観戦をして、感動したり、泣いたりするのが良い例です。しかし、自分と他者の線引きができず、相手の感情をそのままダイレクトに感じたり、相手のミスをあたかも自分のミスのごとく感じたりする人がいます。 こうしたタイプの人はおおむね、相手に合わせるのが得意で、物分かりが良く、真面目なのが特徴です。そのため、自分を責める傾向にあります。ただし、我慢が限界を超えると、怒りとなって相手に向かいます。 Q.他人から誹謗中傷を受けた場合にやってはいけないことはありますか。 佐藤さん「誹謗中傷した人と同じ土俵で戦わないことが重要です。誹謗中傷のコメントが届くと、つい相手に反論したくなります。しかし、それは相手の思う壺であり、ますますヒートアップするだけです。ましてやネットの世界では、多勢に無勢です。同じ土俵で戦わないことです。 これは『泣き寝入り』という意味ではありません。法的手続きを取るべきときは、取った方がよいです。これもネットという土俵ではなく、司法へと土俵を移す意味があります。 例えば、アスリートにとっての目標とは何でしょうか。競技に勝つことや良い成績・記録を出すことではないでしょうか。そうである以上、誹謗中傷とはまともに向き合わないことが賢明です。自分の目標・目的に向かってやるべきことに集中してください。もちろん、心ない言葉に心が折れることもあるでしょう。その際は、その気持ちをため込まずに吐き出すのも問題ありません」
オトナンサー編集部