EVスポーツの新たな地平を切り開く、コロンブスの卵 ヒョンデから登場したアイオニック 5のNモデルに初試乗! これが電気自動車なんてウソでしょ!?
このクルマをきっかけにEVの世界が変わるかも!
ヒョンデのスポーツ・ブランド、NがつくるとEVもこうなるということか。それはまるで内燃機関かと見紛うサウンドと走りを持っていたのだ。新時代スポーツ・モデルの地平を大胆に切り開く、ヒョンデの最注目EV、アイオニック 5 Nに、サーキットと一般道で試乗した。エンジン編集長のムラカミがリポートする。 【写真18枚】これは乗ってみなけりゃわからない! ヒョンデ・アイオニック5Nの凄さはどこにある? 詳細画像でチェック ◆ナムヤンとニュルブルクリンク そもそも、ヒョンデの“N”ブランドとは、どういうものなのか? 私がその存在を知ったのは、昨年11月に愛知県豊田市を中心に開催された世界ラリー選手権(WRC)の最終戦、ラリー・ジャパンを観戦に行ったのがきっかけだった。それまでなぜかラリーには縁がなく、観戦した経験もなかったのだが、WRCに参戦する一方で、2022年からゼロ・エミッション車に的を絞って日本再進出を図っているヒョンデから観戦ツアーに参加しないかと誘われて、これはいい機会だとふたつ返事で行くことに決めたのである。 そして、現地に赴いて知ったのが、“N”の世界だった。それはヒョンデが2015年に立ち上げた、BMWの“M”やメルセデス・ベンツの“AMG”のようなモータースポーツ・ブランドで、その名はR&D拠点のある韓国のナムヤン(南陽)と開発テストの舞台であるドイツのニュルブルクリンクに由来するという。WRC参戦車両は、まさに“N”が開発したi20Nラリー1ハイブリッドで、そのほかもツーリングカー・レース(WRC)やニュルブルクリンク24時間耐久レースなどにNブランドのレーシング・カーで参戦し、数々の勝利を挙げている。 その一方で、2017年にローンチしたi30Nを皮切りに、ラリーやレースで培った技術と経験をフィードバックさせた市販車を生産してきた。ラリー・カーのベース車両であるi20Nもそのひとつだ。そして昨年7月、Nブランド初のEV市販車としてグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードで公開されたのが「アイオニック(IONIQ)5N」で、その実車がラリー・ジャパンのサービス・パークが置かれた豊田スタジアム敷地内のヒョンデ・ブースに展示されていたのだ。 パフォーマンス・ブルーと呼ばれる水色のボディ・カラーを持つそれは、説明を聞けば聞くほど、えっ、と驚かされることばかりで、まさに前代未聞の不思議な乗り物だった。なにしろ、フルEVだというのに内燃機関のサウンドを響かせて走るというのである。しかも、回転数が上がるに連れて音が高まり、シフト・パドルを引くとブリッピング音もするという。さらに4WDの前後トルク配分を電子制御して、ドリフトしやすいようにする機能までついていると聞いてビックリ。これを使ってドリフト走行を楽しんでいる映像まで見せられては、もう一刻も早く乗ってみたくてたまらない気分にさせられたのも当然と言うべきだろう。 ◆足は日本仕様、操舵は本国仕様 しかし、その機会は年が明けてもなかなか来なかった。ようやく、日本導入が最高出力の650psにちなんで6月5日に決まり、それに先立って、袖ヶ浦フォレスト・レースウェイとその周辺の一般道路で試乗会が開かれることになったという知らせが届いたので、4月某日、歓び勇んで出かけた次第である。 プレゼンテーションで改めて紹介されたアイオニック5Nは、まずなによりも、Nブランドを支える3つの柱である、(1)コーナー・ラスカル= コーナリングを楽しむ、(2)レース・トラック・キャパシティ=本気でサーキットを走れる性能、(3)エブリデイ・スポーツカー=高性能を毎日楽しめる、を数々の専用装備と仕様により具現化したモデルだということだった。 クルマを真横から見た写真でわかるように、全長4715mmに対してホイールベースが3000mmでオーバーハングが圧倒的に短く、21インチの大径タイヤが四隅に付いている。そのホイールベースの底の部分に84.0kWhの容量を持つリチウムイオン電池が敷きつめられているから重心も圧倒的に低く、前後重量配分もほぼ50対50になっている。加えて全幅は1940mmもあるから、4輪の作るフットプリントはかなり大きく、2.2トンの重量を除いては、スポーツ・モデルとして理想的な容姿を持っていると言えそうだ。 その中味を具体的に見ていくと、パワートレインは前後ふたつの永久磁石同期式の電気モーターで、最高出力は前238ps、後が412ps、最大トルクは前370Nm、後400Nm(いずれもブースト使用時)となっている。モーターの最高回転数は2万1000rpmで、前後のトルク配分はドライブ・モードを“N”にするとドライバーが直接設定できる。 フロントがマクファーソン式ストラット、リアがマルチリンクの足まわりには、N専用の電子制御ダンパーが装備されており、ホイールGセンサーと6軸ジャイロセンサーによりセンシングして、常に最適化を図っている。全般的な足の硬さは、日本での走行テストを重ねた結果、首都高の継ぎ目などでも乗り心地が損なわれないことを考慮して、本国仕様よりも少し柔らかめの米国仕様に準じた日本仕様になっているという。一方、ステアリングの応答性については、本国仕様と同じ、もっとも鋭敏な仕様になっているのだとか。 特筆すべきは回生ブレーキの効きで、最大0.6Gまで減速させているのだという。Nモードでは、コーナー手前でアクセレレーターをオフにしただけで強力な回生ブレーキが制動を行ない、素早い荷重移動が行なえるようになる。さらに、Nドリフト・オプティマイザーという機能を使うと、駆動力をドリフト走行に最適な配分にするとともに、回生ブレーキの制動力や足の硬さなどの車ようなシフト・チェンジをシミュレートするシステムだ。同時にNアクティブ・サウンド+もオンになり、イグニッションと呼ばれる実際に2リッターターボ・エンジンのそれをサンプリングして作ったサウンドがスピーカーから室内に響きわたるようになる。速度を上げるに連れて音も大きくなるだけではなく、シフト・アップ時には音が途切れると同時にクルマが一瞬つんのめって変速したことが伝わってくるのにビックリ。モーターの回転数を変化させて、シフト感を演出しているのだという。そして、左側のパドルを使ってシフト・ダウンすると、ブリッピング音が響いて、まるで本当に1段ギアが落ちたかのように回生ブレーキがかかり、そこからアクセレレーターを踏み込むと、より強力な加速が得られるようになっているのだ。 その時、目の前のデジタル画面には巨大な回転計が写っているから、感覚としてはエンジン車を運転しているのと寸分違わない。さらにパドルを使ってマニュアル・モードになった状態で画面上のレブ・リミットまで踏み込んだ時には、そのまま上に当たり続けてボッボッボッという音と振動まで再現しているのには呆気に取られた。そういえば、シフト・ダウン時には、パンパンパンというバックファイアの音も聞えてきた。 で、正直に言って、最初はあまりの不可思議さに笑ってしまったのだけれど、サーキット走行を終えた後、一般道でも乗っているうちに、私にはもうこれがEVなのかエンジン車なのか、まるで見分けがつかないような感覚になっていったのだ。そして、このエンジン車のようなEVが、とにかく運転しやすいのに驚いた。音の高まりやギア・チェンジのメリハリがあることが、どんなにか運転を助け、また楽しくしているかということに改めて気づかされたようにも思ったのだ。サウンドはほかに、レーシング・カーの音を電気的にシミュレートしたエボリューションと航空機を模したスーパーソニックが選べるが、圧倒的に2リッターターボの音をサンプリングして使ったイグニッションが魅力的で、実際の運転力を向上させる効果もあると思った。 Nドリフト・オプティマイザーも短いながらクローズドのスペースで試させてもらったが、前に荷重が移動した後、ドンと後輪のトルクが立ち上がるようになっているので、リアを出すのは簡単だが、その後のドリフト・アングルの維持は決して容易ではない。かなり電子制御が入ってくるので、それに慣れないと使いこなすのが難しいかも知れない。 いずれにせよ、多様性の時代にこういうEVが登場するのは大歓迎だ。EVスポーツの新たな地平を切り開く、コロンブスの卵のような1台だ。 文=村上 政(ENGINE編集長) 写真=柏田芳敬 (ENGINE2024年7月号)
ENGINE編集部
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