市村正親が語る「俳優業で大好きなこと」自分とはかけ離れた人物も「魂がその役になればどんな役でもできる」
「芝居がうるさくなる」原因とは
――舞台は目の前にお客様がいらっしゃいますが、映像作品の場合は、視聴者の方のことを考えて演じることはありますか? 「僕は舞台も声優のお仕事も、お客様のことは考えていないです。お客様はお金を払って観に来られる。そして自分の想像力を働かせて作品をご覧になっているから、そこに演者側が“ああだ、こうだ”ということはやりません。それをやると芝居がうるさくなるんですよ。人の芝居を見に行って“こいつの芝居うるさいな”って思うような芝居は見たくないじゃないですか」 ――役者の自我が前に出てはいけない、と。 「そうです。例えば、日本を代表する俳優のお一人である杉村春子さんは、幕開けはとても小さな声で話すんですって。それは、お客さんに余計な情報を与えないように、お客さんの想像力の中に入っていく、というようなことだと思うんです。 僕もそういうふうにやっているから、お客様が100人だろうが2000人だろうが、関係ないんです。 それに、声を届かせるのは音響さんがマイクでやってくれるので、僕はその場で役を生きていればいい。それだけです」 後日、全てのアフレコを終えた市村さんに改めてインタビューする機会を頂いたので感想を聞くと「とにかくヘルムはエネルギーの必要な役でしたので、すべて録り終わった後はヘトヘトでした」と笑顔を見せてくれたとともに、その顔にはヘルムをやり切った達成感に満ち溢れていた。 取材・文/根津香菜子 いちむら・まさちか 1949年1月28日、埼玉県生まれ。俳優・西村晃の付き人を経て、73年に劇団四季の『イエス・キリスト=スーパースター』で俳優デビュー。退団後もミュージカル、ストレートプレイ、一人芝居など、さまざまな舞台に意欲的に挑戦する。2007年春に紫綬褒章、19年春に旭日小綬章を受章。菊田一夫演劇賞(演劇大賞)、読売演劇大賞(最優秀男優賞)、紀伊国屋演劇賞(個人賞)、森光子の奨励賞、松尾芸能賞(大賞)など受賞多数。近年の主な出演作品に舞台「屋根の上のヴァイオリン弾き」「ミス・サイゴン」「市村座」「生きる」などがある。 根津香菜子
根津香菜子