鬱病対策でマジックマッシュルームを摂取、「神」と遭遇した人々の証言 米
幻覚剤の使用は「嵐の中の天国」
ユタ州の裁判所がサイケデリック教会についてどういった判断を下すのかは分からない。一方で、先手を打って宗教と利益を思うがままに融合する市民もいる。 ブリッジャー・ジェンセン氏は「幻覚剤を崇拝する小規模な宗教」シンギュラリズムを創設した。名前の由来は「万物はひとつ」という考え方にちなんでいる。同氏はZoom経由のインタビューで、末日聖徒教会の著名な弁護士を雇った経緯を語ってくれた。「『ご自身の教会に対するのと同じぐらいの熱量で、私の教会のためにも必死になって、最高裁判所まで戦う覚悟はありますか?』と尋ねました」。 「彼はただペンを置きました」とジェンセン氏は回想した。「ブリッジャー、あなたは分かっていらっしゃらないようです」と弁護士は言い、「あなたを守ることで、私の身も守られるのです」。 「牧師とのカウンセリング」が1時間160ドル前後で受けられる――「追加料金はかかりません」――という真っ白な壁の「ウェルネスセンター」で、ジェンセン氏率いるチームは「旅人」と呼ぶ信者らに、シロシビンを使って自我を滅する体験を提供している。日常的に体験しているふだんの自分は幻想であると気づくことが、隠された真の目的だとジェンセン氏は教えてくれた。 「我々はすべての人々とひとつにつながっている。敵とも、味方とも、祖先とも、子孫とも」。カウンターカルチャーのカリスマ、アラン・ワッツ氏を可愛らしくしたような話し方で、ジェンセン氏は語った。ジェンセン氏が「アフォリズム」と呼ぶそうした悟りは、それぞれの旅人の旅路に生きた経典という形で刻まれる。 ジェンセン氏が初めて自我の崩壊を経験したのはブロードウェイだったそうだ。マジックマッシュルームをかじってミュージカル『ブック・オブ・モルモン』を見に行き、主人公と自分が重なることに気づいた。「神の全てを知り尽くしたと思いこみ、世界を救う気満々の傲慢な白人伝道師」だ。 その後彼は恥じらいと涙に押しつぶされながら、ようよう劇場を後にした。夜のマンハッタン中を彷徨し、巡礼の末にたどり着いたのがセントラルパークにある不思議の国のアリスの銅像だった。そして青銅のキノコの下で眠りについた。ジェンセン氏はモルモン教を脱会したが、これまでの人生で出会ったモルモン教徒を今でも敬愛し、尊敬していると言う。シンギュラリズムの教義によれば、結局のところ、自分もかつては彼らと同じだった。それは今でも変わらない。 「信仰を肯定するのが我々のルールです」と同氏は強調し、シンギュラリズムでは現役モルモン教徒はもちろん、脱会者も受け入れていると指摘した。「非常に名のあるモルモン教徒も我々のところへやって来ます。あれほど立派な、何世代も続く正真正銘の末日聖徒教会の信者が参加しているなんて、と皆さん驚かれます」と同氏は語った。 「現役モルモン教徒なら、声を聴いただけで誰だか分かるような人たちばかりです」 幻覚剤を使用して、いつでも神秘体験を呼び起こすのが得策と考えている人たちばかりではない。当然の懸念(常用化! 職権乱用!)の他に、精神への影響も考慮しなければならない。ジメチルトリプタミン(DMT)研究の第一人者リック・ストラスマン氏は、ホプキンス大学研究員の間に異様な宗教熱が広がっていると批判する1人でもあるが、幻覚剤の使用を「嵐の中の天国」と呼んでいる。「禅寺で思いついた表現です」とストラスマン氏。「そこでは何よりも経験が求められます。善良な人間になりたいとか、人類を救いたいとは思わない。ただひたすら天国に行くことだけを望みます」。 同時に、幻覚剤が引き起こす神秘体験が治療効果を左右していることが研究結果からもわかってきている。神秘体験を確実に引き起こすことが良いことなのか、悪いことなのかという疑問も持ち上がっている。キングス・カレッジ・ロンドンが2022年から抜本的に検証を行ったところ、12本中10の論文で、神秘体験と治療効果は相関関係にあり、PTSDや依存症治療といった症状で改善が見られたという結果だったことが判明した。つまり幻覚剤による治療には、神経可塑性以外の何かが絡んでいると思われる。 ハーバード大学院医学部と神学部で教鞭をとる神経科学者のマイケル・ファーガソン氏いわく、何かと面倒な科学と宗教のパラダイムも、結局のところ幻覚剤に関しては矛盾しない。「精神世界を基板として、医学的、臨床的結果が生まれる」という考えが受け入れられるようになるだろうと同氏は予測する。 ファーガソン氏自身もモルモン教徒として生まれ育ち、ケンブリッジ教区の聖歌隊を指導している。神経精神学の分野を極めようと思ったのも、博士課程修了後の研修時代に視た、顕現がきっかけだった。ニューラルアーキテクチャー、アリストテレス、アビラのテレサが同じ方向に手招いており、人間はみな精神を宿す「内なる城」「聖なる住処」を抱いていることを表しているかのようだった。 久々に連絡した時、ファーガソン氏はポルトガルのファティマ聖堂に巡礼の旅に出るところだった。筆者の情報提供者の1人、元モルモン原理主義者のアンジェラ・ディジョヴァンニさんの話を聞かせた。多重婚を解消し、アーカンソー州で星空の下シロシビンを摂取したディジョヴァンニさんは、女性の姿をした神が地球に命を宿すのに手を貸すという幻覚を見た。それからは自分が「神の触手」のひとつだと悟り、現実を噛みしめて生きている。ディジョヴァンニさんからは別の考えも度々聞かされていた。聖なる存在は外の世界では見つけられない。「神はあの建物にはいない」と、ソルトレイクシティの大理石の寺院を思い出しながら語った。「神は私たちの中にいる」。 筆者が知りたかったのは、大勢の情報提供者が似たような神秘体験をしていると思われる理由だった。大半が白人で、アメリカ人で、モルモン教徒という共通点以外に何かあるのだろうか? おうおうにして彼らの幻覚が、とくに白人的でも、アメリカ的でも、モルモン的でもないのはなぜなのか? 結局は精神状態と環境のせい? あるいはステイス氏が信じていたような、万国共通の神秘体験のようなものがあるのだろうか? 「果たしてそういうものが存在しうるか、私にはわかりません」というのがファーガソン氏の答えだ。人間の脳の回路には「特異な部分よりも、共通する部分が多く存在する」と同氏は指摘し、学術界が共通の人間性に抵抗を示しているのは、基本的に政治的理由だと述べた。 「もし精神世界を万国共通パターンで限定的に表現した場合、これまで抑圧や差別を受けてきたコミュニティの存在が抹消される、あるいは表から見えにくくなるのではと不安に思うのは当然だと思います」と同氏は説明した。 また同時に、様々な文化圏を見渡すと、「生命をひとつに束ねる大きな力があるというイメージが度々登場します。自分たちはみなそうした偉大な調和の1つであり、あらゆる生命と調和してつながっている。偉大な生命と個々が調和すれば、これほどの喜びと至福が生じるのです」。 三摩地と呼ぶもよし、楽園と呼ぶもよし。社会にもたらす影響が何であれ、幻覚剤はそうした場所へ直接通じる道を数百万人の新規利用者に示している。
Cassady Rosenblum