中国勢が“本格参入”見せるコンソールゲーム市場 『黒神話:悟空』の成功が生む新たな懸念とは
『黒神話:悟空(Black Myth: Wukong)』がSteamプラットフォームのグローバル売上ランキング1位に躍り出たことが話題を集めている。 【画像】 美麗グラフィックで西遊記の世界を再現…『黒神話:悟空』のスクリーンショット モバイルゲーム開発が盛んな中国から登場した、コンソール向け買い切り型タイトル『黒神話:悟空』。その成功は業界にどのような意味を持っていくだろうか。 ■発表から4年。注目のアクションRPG新作『黒神話:悟空』がついに発売 『黒神話:悟空』は、中国の古典小説『四大奇書』のうちのひとつ『西遊記』を題材にしたアクションRPGだ。プレイヤーは「天命人」と呼ばれる孫悟空のようなキャラクターを操作し、古い伝説に隠された謎を解き明かすべく、険しくも不思議な西遊の旅路へと出かけていく。特徴となっているのは、最先端の技術によって表現された美しい3Dグラフィックと、棍術や法術といった要素を駆使して戦うバトルシステム。映画のようにファンタジックな世界のなかでスタイリッシュアクションが展開されるという個性が、同タイトルの最大の魅力である。 『黒神話:悟空』は、2020年にその存在が明かされた。当時から世界観やグラフィック、アクション性などが注目を集め、たちまち話題作への仲間入りを果たすと、2023年12月には、満を持して発売日が発表に。Xデーが近づくにつれて、少しずつ界隈のテンションが高まってきた経緯がある。2024年6月に予約が開始となって以降は、Steamプラットフォームの売上ランキングでも上位の常連に。開発/発売元であるGame Scienceは2024年8月7日、開発の完了をアナウンスするとともに、当初の予定どおり、8月20日にリリースすることを発表していた。ランキングがジャンプアップした背景には、こうした一連の動向の影響があったと考えられる。発売が間近に迫り、よりいっそう注目度が増している現状だ。 『黒神話:悟空』は2024年8月20日発売予定。対応プラットフォームはPlayStation 5、Xbox Series X|S、PC(Steam/Epic Gamesストア)となっている。価格は7,590円(税込)。現時点ではXbox版のみ、発売日が未定となっている。 ■広がる開発コストの肥大化。『黒神話:悟空』の成功がゲーム業界に持つ意味は 開発/発売を手掛けるGame Scienceは、テンセントのMMORPG『闘戦神(Asura)』の開発に携わった馮驥氏を中心に設立された中国の独立系ゲームスタジオだ。同社はこれまで、PC向けにリアルタイムストラテジーの『Art of War: Red Tides』を、Android/iOS向けにデジタルトレーディングカードゲームの『100 HEROES』を展開してきた。コンソールを対象とするのは『黒神話:悟空』が初。アクションRPGというジャンルもまた、彼らにとっては初めての舞台となる。 中国ではどちらかと言うと、モバイルプラットフォームを中心にした基本プレイ無料/アイテム課金型のタイトルの開発・配信が盛んというイメージがある。『王者栄耀(Honor of Kings)』『勝利の女神:NIKKE』(開発はSHIFT UP/韓国)のテンセント、『荒野行動』『Identity Ⅴ 第五人格』のNetEase、『原神』『ゼンレスゾーンゼロ』「崩壊」シリーズのmiHoYo、『アークナイツ』(開発はHypergryph)『ブルーアーカイブ -Blue Archive-』(開発はNEXON Games/韓国)のYostarなど、成功を手にしている大手企業の例は枚挙にいとまがない。うち、テンセント、NetEase、miHoYoの3社は、全世界におけるモバイルゲームパブリッシャー売上ランキングでTOP3を形成する。これらに匹敵する成果を上げたCS向けタイトルの例が少ないことを考えても、同国でモバイル市場偏重のゲーム開発が行われていることは否定しようがない。 Game Scienceの運営元企業は『黒神話:悟空』の開発が進行していた2021年4月、テンセント傘下のGuangxi Tencent Venture Capitalから出資を受けている。馮氏は同件について、「今回の出資は、急速に発展し、テンセントが弱点とするコンソールゲームの分野で長期的な投資を行うためのものである」と明かしている。つまり、『黒神話:悟空』の挑戦はある意味で、コンソールゲームの分野での影響力の増大を狙う、テンセント、さらには中国ゲーム市場の試金石のようなものであるとも考えられる。 一方、世界のコンソールゲーム市場をめぐっては、開発費の肥大化も問題となりつつある。「AAA」と呼ばれるような見映えのする作品を制作するために、途方もない金額が開発へと注ぎ込まれている実態がある。コロナ禍における巣ごもり消費によって拡大したゲーム市場は、その後も堅調と言える成長を見せている。しかしながら、こうした開発費の肥大化によって、コストバランスをめぐるネガティブな話題を目にする機会も少なくない。 たとえば、業界では近年、市場全体で大規模なレイオフが進んでいる。2023年には、Amazon Gamesやユービーアイソフト、 Epic Games、Nianticといった大手のゲームスタジオで数千人の開発者が解雇された。こうした傾向は今年に入り、UnityやMicrosoft、アクティビジョン・ブリザード、ソニー・インタラクティブエンタテインメントなどの大手にも波及している。2023年、2024年(※)のそれぞれで1万人以上が職を失ったというショッキングなデータもある。 また、直近では、2023年末にリリースされ、これまでに約130万本のセールスを記録しているサバイバルホラーの人気作『Alan Wake 2』において、現状の売上ではコストを回収しきれていない実態が開発元のRemedy Entertainmentから明かされている。技術の向上や先進性を求めるユーザーのニーズと制作コストの釣り合わなさが、ゲーム業界で不健全な収益構造を生みつつある。 ※2024年は1月から6月までの累計。 『黒神話:悟空』が大きな成功を掴み取れば、品質至上でゲーム制作が行われる傾向を加速させていく可能性もある。こうした流れを止めるためには、ゲーム市場が開発費の肥大を受け止められるだけの爆発的成長を見せていくしか方法がないと言えるだろう。もちろんこのような先鋭化は、Game Scienceや『黒神話:悟空』のみが生み出しているものではない。しかしながら、これらを含めた業界全体で、制作体制や収益構造のあり方を見直していくタイミングにきていると言えるのではないか。 中国系スタジオによるコンソールゲーム分野参入の象徴とも捉えられる『黒神話:悟空』の開発と発売。結果如何によっては、世界のゲーム市場のターニングポイントとなっていく可能性もある。はたして同タイトルはどのような足跡をゲーム業界に残すのか。タイトルそのものの出来とはまた違った観点からも、その行方を見守りたい。
結木千尋