「誰もが大谷選手を目指さなくていい」 養老孟司さんが「夢を持たなくてもいい」と語る理由
努力と成果を安易に結びつけないほうがいい
「何かしなきゃいけない」という気持ち、「手をかけたほうが良い結果になる」という考えは、あらゆる場面で見られるのではないでしょうか。会社などでも、 「私がこれだけがんばっているから、こういう風に回っている」 「俺が細かく気を配っているから、何とか持っている」 というように思いこんでいる人がいるかもしれません。 これは人間の習性、思考の癖のようなものです。 もちろんそういう気持ちを持つことが無意味だとは言いません。仕事において、がんばることが結果につながることもあるのは当然です。日本人はある時期まで必死に働かないと食えないという状況にあり、実際にみんなでがんばってきました。それゆえに余計に、「何とかしなきゃ」という気持ちでがんばる人が多いのでしょう。 ただ、努力と成果が結びつくとは、あまり思いこまないほうがいいのではないでしょうか。スポーツマンガの根性ものみたいな発想は持たないほうがいい。 大リーグの大谷翔平選手はたしかにものすごい努力をして、素晴らしい結果を出しています。その意味では努力と成果が結びついているのでしょう。でも、普通の子どもや普通の人にそんな努力はできっこありません。しかも彼と同じ量の努力をしても、同じ成果は絶対に得られません。 努力をしたから、これだけ手間をかけたからこんなに上手くいった、成功した。そういう考え方にとらわれないほうがいいでしょう。 ある時、最近の若い人が一番好きなことわざは「棚からぼたもち」だと聞いたことがあります。彼らはどこかで事の本質を見抜いているのかもしれません。努力がすべてではない、なるようになる、です。 ところがどうも世間では「なさねばならぬなにごとも」とがんばって、机をたたくような人が主流になっている。「働かざる者食うべからず」というタイプの人が、幅をきかせているのは、あまり良いことではないと思います。