朝ドラ『虎に翼』39歳俳優の“ヘの字の唇”の表現力がスゴい理由。実は一番アツい人?
変幻自在の俳優
その豊かな変形を松山ケンイチが演じるからより面白く写る。第1話冒頭のさつまいも同様に、竹もとでも寸止めをくらう。寅子が法学の道へ進むべきか、教えを請うてきたのだ。 対して等一郎は「女子部進学には反対だ」と語気を強める。ほとんど諦めさせるようなその口ぶり。そこへ登場したのが、寅子の母・猪爪はる(石田ゆり子)だ。娘への厳しい態度に腹を立てて等一郎を叱りつけるのだが、驚いた等一郎が、「お母さん?」と上ずった声で「ん」を強調し、口角の左右両方を下げ、これまたきれいなハの字を結ぶ。 ほんと変幻自在の俳優だ。猪爪家の書生・佐田優三役の仲野太賀や寅子の学友・花岡悟を演じる岩田剛典など、本作は男性俳優陣の名演も目立つが、松山の名調子は出色。
均衡が崩れる等一郎の人間味
寅子の父・猪爪直言(岡部たかし)が逮捕された裁判公判を描く第5週では、裁判官のひとりとして居並ぶ。傍聴席の寅子と裁判官席の等一郎が顔を合わせるのは、竹もと以来。 いつも通りのヘの字顔。どこまでもぶれない。それだけに等一郎は、法の下での均衡を乱すことを許さない。被告人席の直言に対して威圧的に牽制する検察官・日和田(堀部圭亮)の暴虐を放ってはおかない。日和田の背後にいる強大な権力にも屈しない。 実は不屈の精神をたぎらせる熱い人でもある。直言たち被告人に無罪を下した判決文を書いたのが、等一郎その人で、弁護を担当した穂高重親(小林薫)から酒の席でほめられる。 まんざらでもない様子の等一郎は、酔に任せて立ち上がり、司法に踏み込もうとしてくる輩に対する怒りをあらわにする。感情が高ぶって、いつものヘの字の均衡が崩れる等一郎の人間味もまた魅力的ではないか。
衝立越しに男性の肩……
人間味というと、ちょっとアグレッシブ過ぎるんじゃないかとたまに心配になる寅子にまさる人はいない。でもだから、寅子の熱量に対して、一見冷めたように感じられる等一郎という存在が際立つ。 弁護士になってからの寅子はなかなかうまくいかないことのほうが多い。そんなとき、書生から夫になった優三が側で手放しに温めてくれる。それでも外(社会)の肌寒さが身にしみて、妊娠による体調の悪さも重なってどうも心が冷たくなる。すると必ず等一郎がヌッと顔をのぞかせる。 戦時下の風が吹く第8週第37回。閉店が決まった竹もとで、重圧に耐えられなくなった先輩・久保田聡子((小林涼子)から弁護士を辞めると告げられ、婦人弁護士の同志が減ったことを侘びしく思う寅子。彼女が座る席の奥の座敷席、衝立越しに男性の肩……。あぁ、等一郎だなと思ったら、やっぱりそう。