引退試合で鳥栖のF・トーレスが伝えたかったもの「悲しくない。誇らしい気持ちだ」
ヨーロッパのビッグクラブでは、ふがいない結果を残せばチームに対しても、個人に対しても容赦ない批判が浴びせられた。ひるがえってサガンは、トーレスをして「このチームは常に謙虚で、野心と勇気をもっている。こういうチームに寄り添ってプレーすることが好きになった」と言わしめる。 だからなのか。1年とちょっとプレーしてきた日本で、最も印象に残っている試合を聞かれたトーレスはホームに横浜F・マリノスを迎えた、昨年11月24日の第33節をあげた。自身のゴールで逆転勝ちをもぎ取り、J1残留へ大きく近づいた瞬間のサポーターとの一体感は忘れられない喜びとなり、引退後もアンバサダーとしてサガンに関わっていく決意を抱く原点にもなった。 試合はイニエスタを欠いた後半もヴィッセルの攻撃陣が爆発し、1-6と今シーズンの最多失点を喫して一敗地にまみれた。フル出場を果たしたトーレスは後半に3本のシュートを放ったものの、いずれもゴールの枠をとらえられない。クラブと代表の合計で300ゴール、そのうち日本で5点を上乗せして、18年間におよんだプロ人生に幕を降ろした。 1980年代に大ヒットした『Can’t Take My Eyes Off You』(邦題「君の瞳に恋してる」)をモチーフにしたチャントが、後半に入って幾度となくスタンドを揺るがした。惜別ゴールが見たい、という思いが充満し、ヴィッセルのトルステン・フィンク監督(51)をして「1点を取られるのならば彼に決めてほしかった」と試合後に言わしめても、トーレスが自己中心的なプレーに走ることはなかった。 エゴイストが適していると言われるストライカーのなかでは希少な部類に入るほど誠実で、真面目で、自己犠牲を厭わない。だからこそ日本を含めた世界中の老若男女から愛されたトーレスのもとには、試合後の引退セレモニーでビジャが、そしてけがで交代したイニエスタが駆け寄って労をねぎらった。 「彼らと話していて涙をこらえきれない瞬間もあったが、でも今日は悲しくない。誇らしい気持ちだ。偉大なサッカーの歴史のなかで、こういう終わり方ができた。あるとき、こういったサッカーがもうできないのかと悲しむ瞬間があるかもしれないが、いまは幸せな気持ちだ。後悔はまったくない」 セレモニーの最後には、すべてを捧げてきたサガンのチームメイトたちの手で、象徴としてきた背番号と同じ「9」度、胴上げされて宙を舞った。トーレスは満面の笑みが浮べていた。 「日本のみなさんに感謝の気持ちを表したい。自分がここに来たことで、Jリーグを1歩前に進ませるという目標を少し果たせたと思う。今後もJリーグの力になっていきたい」 近日中に生まれ育ったマドリードに戻るトーレスは、セレモニーのスピーチで「この日本という国に偉大な家族がいると、誇りをもって言いたい」と感謝の思いを言葉にした。今後は定期的に来日しながらスペインと佐賀県鳥栖市、サガン鳥栖、そして日本サッカー界との架け橋になっていく。 (文責・藤江直人/スポーツライター)