引退試合で鳥栖のF・トーレスが伝えたかったもの「悲しくない。誇らしい気持ちだ」
失点を積み重ねてもファイティングポーズを取り続けた。守備では最前線でヴィッセル神戸のボールホルダーへ献身的にプレッシャーをかけ、攻撃に転じればまず起点となり、そしてゴール前へ侵入していく。現役最後の一戦で、サガン鳥栖のFWフェルナンド・トーレス(35)はらしさを貫き通した。 「自分はいいときも悪いときも常にあきらめずにプレーしてきたし、そういうやり方しか知らない。物事は必ずよくなる、と信じながら毎日のように積み重ねてきた、努力を惜しまない姿勢は何も変わることなく、最後までやり抜くことができたことは幸せだと思っている」 思い描くベストのパフォーマンスに到達するのは難しいという理由で、シーズン半ばでの現役引退を電撃的に発表してからちょうど2か月。ホームの駅前不動産スタジアムで23日に行われた明治安田生命J1リーグ第24節には、ヨーロッパ選手権とワールドカップで頂点に立った元スペイン代表ストライカーの勇姿を記憶に焼きつけようと、今シーズンで最多となる2万3055人の大観衆が詰めかけた。 しかし、ゲームキャプテンを託されたトーレスが一本のシュートも放てないまま、世界から注目された一戦は予想外の展開を見せる。前半22分までに3失点。ヴィッセルの攻撃を差配したのは育成年代からの親友で、スペイン代表でも何度も共演したMFアンドレス・イニエスタ(35)だった。 トーレスがヴィッセル戦を現役最後の一戦に指定したのは、言うまでもなくイニエスタと、同じくスペイン代表で切磋琢磨してきたFWダビド・ビジャ(37)がいるからだ。特に同じ1984年生まれのイニエスタの気合いはすさまじく、自ら決めたPKを含めて、前半の3ゴールすべてに絡んだ。
圧巻は22分に決まった3点目。自陣の左サイドで浮き球のパスを受けると、トラップせずに右足を一閃。右サイドを走っていたFW古橋亨梧(24)の足元へ、50mを軽く超えるピンポイントのスーパーロングフィードを通し、FW田中順也(32)のゴールをお膳立てした。 イニエスタ自身は前半終了間際に左太ももの裏を痛め、無念の交代を余儀なくされた。それでも全身全霊のプレーで挑んできてくれた姿が、トーレスの表情を綻ばせた。 「自分は本当に恵まれた人間だと思う。7、8歳くらいからサッカーを始めて、楽しみながらプレーしてきて、好きなことを仕事にできた。今日もそうだったけど、ともにプレーした仲間たちも、そして相手チームの選手たちも常にハイレベルのなかでプレーができたので」 いまも愛してやまないアトレティコ・マドリードで、2001年にプロとしてのキャリアをスタートさせた。リヴァプール、チェルシー、ACミラン、そして再びアトレティコ・マドリードでプレーしてきたサッカー人生のなかで、最後の所属チームとなったサガンは異彩を放つ。 すべてが大都市をホームとするビッグクラブだったのに対し、サガンのホームタウンである佐賀県鳥栖市の人口は、J3までを含めた55のJクラブのなかで最少となる約7万人。もっとも、サガンからのオファーを受け、交渉のテーブルに着いたときにはヨーロッパから見て極東に位置する日本へ、そのなかでもプロビンチア(地方)の鳥栖市へ新天地を求めることに異存はなかった。 ただひとつ、昨シーズンの前半戦をJ2降格圏となる17位で終えたことに心底驚かされた。優勝争いは何度も経験してきたが、トップリーグにおける残留争いは未知の世界となる。最終的にはサガンの竹原稔代表取締役社長(58)の熱意に胸を打たれ、移籍を決意した。そして、12月1日の最終節までもつれ込んだ残留争いの日々で、自身の成長につながる、いい意味でのカルチャーショックを受けた。 「サガン鳥栖のサポーターの方々はいいときも悪いときも、常に応援し続けてくれた。それはとてつもなくすごいことだと思う。常に喜びとポジティブな気持ちをチームに、そして自分に与えてくれた。そして、昨年の降格危機から脱したときに、サポーターの方々は泣いていた。それがパッションだと自分は思う。本当に多くのことを教えてくれた」