たった10年で漁獲高が半分に…サケ漁“日本一”北海道斜里町による「絶望からの逆襲」
サケ稚魚の飼育・放流もデジタル化へ
これまでの実証実験の取り組みで苦労した点として、前川氏は「当初、漁場までの海洋に観測ブイを設置することに対してネガティブな反応もあった」と話す。操業中はただでさえ忙しい漁業者は「作業の合間に情報の入力などできない」「若手の漁業者がやれば良い」といった反応もあったそうだ。 しかし組合に所属する漁業法人に、実証実験の趣旨や意図を根気強く説明。少しずつ理解を得て、「2021年度にはすべての漁業法人への展開が可能になりました」と前川氏は話す。 検証結果を通じ、水揚げ量と海水温は密接な関係があることがわかり、この情報が全体で閲覧、活用できる環境が整備されていった。その後も、定期的に話し合い、理解を深めて、情報機器の導入を進め、アプリによるデータ活用は定着しつつあるという。 今ではIT化の取り組みを加速させている。たとえば「漁協のペーパーレス化」だ。ノートPC(Chromebook)を15台購入、配布し、定期的に行われる理事会の会議資料は「紙で印刷、配布するのではなく、ノートPCを通して共有することにしました」と前川氏は話す。 今後は、アプリの活用領域の拡大がテーマとする。具体的には、サケ稚魚の孵化放流事業への活用だ。 放流直前に海の環境に順化させる段階のサケ稚魚について、「飼育用の生け簀(いけす)に観測ブイを設置、水温を記録するとともに、飼育中の餌やりの状況、天候も含めてデータを蓄積しているところです」と前川氏は話す。 データが蓄積されることにより、関係機関とも情報共有しながら、放流の最適なタイミングの見極めや、孵化放流の成功確率の向上につなげ、継続的にサケ資源回復のためのデータやノウハウを蓄積していきたいということだ。 最後に、前川氏は「データドリブンな漁業を実現していきたいです」と抱負を述べる。データ利活用には、ビッグデータが必要になる。たとえば、「現在は、入港前に漁業者がアプリに漁獲高を入力し、その数値をベースに仲買人が購入量を決める判断材料にしている」状況である。 1つの定置網の中には、サケ以外のさまざまな魚種が漁獲されるのは前述のとおりだ。「漁業者が入力したデータと、入港後の選別、検量を経た“最終的な”データの突き合わせによる漁獲高の精緻化や、ビッグデータ化が、さらなるデータ利活用・分析には必要になってきます」ということだ。 日本事務器の和泉氏も、「今後はビッグデータ化を含む、データ分析環境の整備を進めていくことで、データ可視化ツールとしてのBI(Business Intelligence)ツールを用いた分析や、漁業者の意思決定の最適化が実現でき、データドリブンな漁業につながっていきます」との展望を示した。
聞き手・構成:編集部 井内 亨、執筆:フリーランスライター 阿部 欽一