女性初の日航新社長鳥取三津子さん 支えは短大時代の経験 「気の済むまで準備」「やりたいと思ったらやってみる」
◆東亜国内航空入社、社名変更、経営統合、破綻、コロナ禍経て…
「みんなで応援するよ」。客室乗務員出身者、女性として初めて日本航空の社長に就任した。地元から届くお祝いの言葉がうれしく、旧友たちの驚く顔が次々に浮かんだ。 福岡県久留米市出身。高校時代は気の置けない友人たちと互いの家に順番に泊まりに行き、家族を交え会話を楽しんだ。卒業後は長崎市の活水女子短大に進学。「授業も詰まっているし、予習しないと難しかったので、結構勉強した。あとはバレーボール」 当時学んだのは「気の済むまで準備をすること」。それと「できるかどうか分からなくても、やりたいと思ったらやってみること」。世界に知られる大企業のトップとしての忙しい日々にも生きているという。 入社後の道のりは平たんではなかった。1985年に入社した東亜国内航空は日本エアシステム(JAS)への社名変更を経て日本航空に経営統合され、その日本航空は経営破綻。再建が進む中、客室部門でキャリアを重ねた。コロナ禍では航空需要が低迷、客室乗務員たちの仕事が激減した。異業種や自治体などへの出向先探しに奔走し、「多くの乗務員がいろんな企業や自治体にお世話になった」。つながった縁をこれからも大事にしたいと思う。 航空業界では珍しい女性社長。「社員が能力を発揮し、評価され、次の仕事につなげるのを支援するのが好き」。伴走型のリーダーシップを貫く考えだ。日本航空グループは今春、約2600人の新入社員が仲間に加わった。「若い方たちが何でもチャレンジできるような、そんな楽しそうな会社になっていったらいい」。59歳。 (岡部由佳里)