月が満ち、鳥が羽ばたく……切るのが楽しくなるアートな羊羹。会津伝統の職人技にびっくり!
会津長門屋(福島県)
切り分けるたびに月が満ち、青い鳥が羽ばたく。そして少しずつ夜の帳(とばり)が下りていく。一切れごとに断面の絵柄が変化し、時の経過までも表現する。こんな羊羹がこれまであっただろうか。会津長門屋の「羊羹ファンタジア」は、ストーリー性と楽しい仕掛けにあふれた新しい羊羹だ。 切って並べると鳥と月が動いて見える「羊羹ファンタジア」
この商品が生まれたのは2017年。背景には、東日本大震災による福島原発事故の風評被害があった。「東京の催事で、あるお客様から『応援したいけど、人にあげるのは躊躇してしまう』という話を聞いて。会津には先人より受け継がれ磨かれた技や地の恵みがあり、それを和菓子で伝えられないか。それが発想の原点でした」と、6代目社長の鈴木哲也さんは当時を振り返る。 絵柄を一切れごとに変化させる仕掛けには、何層にも素材を重ねる和菓子職人の技術が生かされている。「重ねるタイミングが早いと色が混ざってしまうし、遅いと層がつながらない。熟練の技が重要なんです」 表層の小豆羊羹の中には、レーズンなどとともに日本の固有種である天然の鬼くるみが散りばめられている。堅い殻から一つ一つ手割りで中身を取り出す加工技術も会津に根付く伝統。西洋くるみのような渋みがなく、濃厚なうまみと食感が絶妙のアクセントになっている。 茶席で出される和菓子には、短歌や俳句、花鳥風月に由来する菓銘を付ける習わしがある。羊羹ファンタジアの菓銘はジャズの名曲「Fly Me to The Moon」からとった。月を眺める夜に、心に染み入るナンバーを聴きながらしっとりと味わう。そんな情景が目に浮かぶ。レモンやクランベリーの爽やかな酸味が際立ち、羊羹特有のもったりした食感がないのでワインなどに合わせて楽しむ人が多いのも納得だ。 「遠くへ旅立つ人に贈ったり、葬儀の席で振る舞ったり、今では様々なシーンで用いられているようです。月と鳥というシンプルなモチーフなので、そこにいろんな人の思いを乗せていただけるようですね」と鈴木さん。 羊羹にはなじみの薄かった若い世代や外国人も手に取ることが増えたという。17年にはグッドデザイン賞を受賞。昔と今を結び、会津から世界へ。アートな羊羹が橋渡しになり、人々の思いをつないでいる。 文/野水綾乃 写真/三浦健太郎 羊羹ファンタジア Fly Me to The Moon 1本(500グラム)3500円/会津若松市内2店舗(本店、七日町店)ほかオンラインで 会津長門屋本店 営業:9時30分~17時30分(冬期は~17時)/日曜休 交通:只見線西若松駅から徒歩5分/磐越道会津若松ICから4.5キロ 住所:会津若松市川原町2-10 電話:0242・27・1358 ※「旅行読売」2024年5月号の特集「新定番 みやげ菓子」特集より