元ボクシング世界王者・亀田興毅、新しい環境が苦手で中学に通えなくなった「内弁慶」の過去
昨年、5人の男の子の父親であることを明かし、FRaUwebの取材では、優しい父親の素顔を公開してくれた亀田興毅さん。インタビューの最後に「チャンピオンになるには負けず嫌いな気持ちや、運の良さも必要か」と問うと、負けず嫌いは認めたうえで「チャンピオンクラスの人が持つ運の良さは、たくさんの努力を積み重ねたからこそ巡ってきて、掴むことができるものだ」という答えがーー。 【写真】実は“男の子5人”の父! 亀田興毅が子どもたちと遊ぶ、意外な姿 その言葉の通り、インタビューでは亀田さん自身の子育てにおいても選択肢ひとつひとつに悩み、考え、試行錯誤を諦めない姿勢が垣間見え、多くの読者から共感を集めました。そこで、現在1歳から11歳の5人の子を持つ父親として大切だと考えていること、“努力するマインド”を培うために必要なこと、子ども達に伝えていること、などを伺う連載をスタートします。 環境が変わったり、新たな出会いがあったり……なにかと変化が多い新年度。 初回は、亀田さんの幼少期を振り返っていただきました。すると、“浪速乃闘拳(なにわのとうけん)”というキャッチコピーで世界に出て戦い、王者となったイメージからは想像もつかない、じつは引っ込み思案だったという小学生時代の話にーー。
小学校入学当初はいじめられていた
僕ね、すごい引っ込み思案な子どもやったんです。小学校に入学してから毎日、同級生のランドセルを3つ4つ持たされて帰ってました。 いじめられてたんかなぁ、自分ではいじめられてたって記憶ではないんやけど、へらへら笑って、前とうしろ、それから両手にランドセル抱えて、みんなの後を追ってた。身体も小さかったしね。 でも、家に帰ると3兄弟の長男やから、めちゃくちゃ調子のって威張ってたんですよ。うるさいって毎日怒られるぐらいしゃべってたし。そんな僕が友達のランドセルを持たされてる光景を見た親父は、その集団のボス的な子と僕をけんかさせたんです。もう30年も昔の話やからね、今だったら大問題になりますけど……。 親父は、小学生になった僕が学校から帰ってくる姿を毎日隠れて見ていたらしいです。そうです、めちゃくちゃ過保護に育てられてるんです僕(笑)。親父は愛情深い人間で、特に自分の息子が誰よりもかわいいから、気が弱くていじめられている姿を見ていられなかったんでしょうね。 それで見かねた親父が用意した、いわゆるタイマン勝負の場で、僕から一発殴ったらその子が泣いた。そしたらその子は、「なんや、お前強かったんか!」って。1年生の男の子なんてあっさりしたもんやから、その後はすっかり仲良くなりました。 でもね、引っ込み思案の性格は簡単には変わらないんですよ。1年生の時にランドセル持たしてきた子らとは仲良くなったけど、クラスが変わったら、もうあかん。自分から話しかけにいく勇気が、ないんです。 それでも、タイマンのケンカをして友達を一発で倒したことは知れ渡っていたから、怖がられて余計に誰もよってこない。じゃあ自分からしゃべればいいのに、それは無理。で、黙っているから怖い顔になる。 もうどんどん孤立していくじゃないですか。 実際、空手もやっていたし、小柄やったけど、力は強かった。親父は漫画『ビー・バップ・ハイスクール』のような時代を生きてきた人間なので、学校で一番強くなくちゃあかんって考えで「どうや興毅、学校でお前より強い奴おるんか? お前が一番か?」って毎日聞いてくるんですよ。それで僕は「うん、強いで。負けたことない」とか答えるんですけど、実際は、性格の面でめっちゃめちゃ弱かったです(笑)。 親父ももどかしかったんでしょうね。家では調子いいこと言うのに、近所の店とか、親戚のおっちゃんの前とかでさえ、もう駄目なんです。おばあちゃんの家でさえもう無理で、僕、なんもしゃべれんかった。最強の内弁慶ですわ。