元気な子牛届け、付加価値に 輸送ストレス軽減に期待 県内初、喜界で全頭ワクチン
離島から本土への輸送時に子牛にかかるストレスの軽減や免疫力低下防止を目的とした鼻腔(びこう)粘膜ワクチン「TSV―3」投与が7日、鹿児島県喜界町の家畜市場で行われた。投与対象は同日の競りに上場した子牛全223頭で、喜界町和牛改良組合(伏見健組合長)によると、全頭投与は県内で初めての取り組み。今後も継続する方針で、松田淳一副組合長(45)は「購買者に安心感を届けたい。組合として健康な子牛を出荷できることが喜界の強みとなり、少しでも価格の上昇につなげられたら」と期待している。 ワクチン投与は「肥育農場へ安心で元気な子牛を提供する」ことを目的に、6月の喜界町和牛改良組合総会で可決。ワクチン費用は各農家が負担する。県内での競り上場子牛全頭への投与は初の取り組みだが、長崎県のJA壱岐市など、全国では主に離島地域で実施事例がある。 24時間で体重が約1割減るほどストレスが大きいとされる子牛の輸送。喜界町家畜診療所の獣医師によると、使用するのはウイルスの主な感染部位である牛の鼻腔内に投与する「経鼻型ワクチン」で、呼吸器病の発症や重症化のリスク低下が期待できる。「本土では約9割が同日輸送だが、島から本土は少なくとも2日。船が欠航すれば3~4日かかり、肥育農場到着後の気管支炎発症などが増える傾向にある。注射型と異なり呼気に合わせ鼻の粘膜へ投与するため、牛へのストレスも少ない。素早い免疫応答がみられ、輸送前の投与として効果的」という。 7日の競り市に買い付けで参加した、肥育農家の「髙﨑ファーム(薩摩川内市、髙﨑剛史代表取締役)」も自社牧場で同ワクチンを投与しており、喜界の取り組みに注目している。同ファームは今年6月、奄美群島5市場から出荷された子牛から、最も優れた黒毛和牛肉を作った肥育農家を表彰する「JAあまみ枝肉共進会最優秀賞1席」を獲得。髙﨑代表は「全頭投与は安心できるいい取り組み。可能であれば、他の島でも実施してほしい」と語った。 喜界での取り組みに対し、他島からの関心も高まっている。伊仙町の畜産担当者は「徳之島での同ワクチン投与は、主に生後から競りまでの生育時の免疫力保持のため。ワクチン代は農家負担で全頭投与だとすれば、徳之島ではまず賛同が得られないと思う。肥育農家のことを考慮した素晴らしい取り組み」と評価。JAあまみ大島事業本部は「島全体で投与に取り組む予定はないが、喜界島の競り価格の動向次第で動きがあるかもしれない。自治体の補助の有無も課題」と注視している。 同与論事業本部は「個々の農家での例はあるが全体で取り組もうという状況にはない」、和泊事業本部の担当者は「購買者の希望で投与する農家はあるが、現状では希望しない購買者の方が多い。全頭投与の計画は無いが喜界の取り組みを受け、次の競りで購買者から声が上がることも考えられる。奄美全体でどういった対応をするのかが求められてくるのでは」と話した。 飼料価格高騰など生産コストが上昇する中、喜界の子牛競り価格は7月7日総平均が41万8908円(前回比5万3655円安)と低迷が続く。だが、2023年10月の第19回大島地区肉用牛振興大会では喜界の3頭がチャンピオンとなり、団体の部も喜界が優勝。島内の繁殖農家は「必ず価格が上昇する日が来る」と前を向く。 喜界町志戸桶で約100頭を飼育する繁殖農家の福島俊幸さんは「いい意味で、他の地域との差別化が図れるのではないか。喜界の牛の評価につながり、ゆくゆくは群島全体での取り組みとして、みんなでいい牛を育てていけたら」と笑顔で話した。
奄美の南海日日新聞