『海に眠るダイヤモンド』は朝子の人生そのものだった 最終回は視聴者の“ダイヤモンド”に
朝子の人生を進ませた、愛しているからこその「沈黙」
追われる身となった鉄平は、何度も何度も朝子に手紙をしたためては破り捨ててきた。何歳になっても、どこへ逃げても、鉄の兄は追いかけてくる。そんな危険な状況の自分が、朝子に近づくわけにはいかない。そして、誰よりも端島の未来を見据え、端島にいる朝子との将来を考えていた鉄平が、全国を転々とすることになるとは、あのキラキラとした端島の青春を思い返すと、想像もしなかった末路に胸が苦しくなった。 きっと「待っていてほしい」と伝えれば、朝子はいつまでも待ったはずだ。あの夜、朝まで鉄平をじっと待っていたように。だからこそ、言えなかったのだろう。朝子の人生を縛り付けてしまう。いつ終わるかわからない地獄に突き合わせてしまう。愛しているからこそ、朝子に背負わせたくない。 そこに百合子(土屋太鳳)が原爆に巻き込まれたことを幼かった朝子には伝えていない、あの幼なじみ間の「沈黙」と繋がっていることにハッとさせられた。そして、今回は百合子にもその重荷を背負わせまいと、鉄平と賢将(清水尋也)の「テッケン団」だけの秘密となった。朝子がかわいいからこそ、その秘密を文字通り墓場まで持っていった2人の愛情深さと心の強さに脱帽する。 そして、その沈黙があったからこそ、朝子は新しい人生を歩みだすことができた。虎次郎(前原瑞樹)と結婚して、娘と息子を授かった。虎次郎の就職に合わせて東京に行き、大学まで出て、会社を立ち上げた。そして持続可能な緑化事業を進め、東京の景色さえ変えるまでになった。それは、あの夜からずっと1人で鉄平を待ち続ける朝子からは決して繋がらない未来。もちろん、端島にいたときの彼女が心から望んでいた未来だったわけではないかもしれないけれど。精一杯彼女なりに人生を切り拓いてきた誇らしい未来でもあるのだ。
人々の生きた記憶が誰かの瞳を輝かせるダイヤモンドに
しかし、あのときの誠がまさか澤田(酒向芳)だったとは誰もが驚いた展開だっただろう。自分の存在が朝子から鉄平を奪ったと罪の意識に苛まれてきた誠こと澤田の苦しみは、そしてすべてのきっかけとなってしまったリナの罪悪感は一体どれほどのものだったか。リナは、いっそのことみんなに怒ってもらいたかったのではないだろうかと思う。鉄平の母・ハル(中嶋朋子)がそうしたように、正面から怒ってくれたら誠心誠意謝ることができたのだから。謝って済む問題ではなかったとしても、リナが肝臓を壊す未来は違っていたかもしれない。 残念ながら、リナにその機会は訪れなかったが、澤田にはやってきた。手をついて謝罪する澤田に、いづみは「あなたが生きてて、また会えて、良かった」と手を握る。それは、これだけの長い時間が経ったからこそ出てきた言葉なのだろう。どんな苦しみや悲しみも、時を経ることで徐々に癒やされていくことを「時間薬」や「日にち薬」などと言う。もし、朝子が新しい人生を歩みだしたばかりのタイミングで、真実を知ったとしたら、こんなにも穏やかには受け止められなかったはず。リナではなく、澤田にその機会が訪れたとはそういう意味なのだろう。 人は人生を大きく変えた出来事に対して「もう昔のことだから」と言えるようになるまで、一体どのくらいの時間薬が必要なのか。生き物の亡骸が、地球の一部になっていくように。少しずつ私たちの生きた記憶も、やがて歴史の一部となっていく。長い長い年月を経て、その石炭が黒いダイヤモンドと呼ばれるほど遠い未来の人々にとって大きなエネルギーを与えたように。過去を生きた鉄平や朝子の思い出が現代を生きる玲央(神木隆之介/1人2役)に、そして私たち視聴者にも生きるパワーを与えてくれた。そう思うと、この世界にはなんと壮大なエネルギー循環が成立しているのだろうと唸らずにはいられない。