木造の腐りやすさが、逆に日本の古社の「建築の形式」を守ってくれた...日本とドイツの「幻の技法」にも改めて思いを馳せる
<今、日本の木造建築が世界的な注目を浴びているが、その前にドイツのグリーンパワーが注目されたこともあった...。『アステイオン』101号より「木は腐るのか その2」を転載>【藤森照信(東京大学名誉教授)】
木造が、日本だけでなく世界でも注目され、それもにわかに注目され、どう対処したものか建築史家は戸惑っている。 【動画】海外メディアにおすすめ旅行先として紹介される日本 木造注目の少し前に、建築緑化注目の一件がドイツであった。ドイツのグリーンパワーが、建築の屋上や激しい場合は壁までも草を植えて建築の断熱性を高め、冷暖房にかかるエネルギーを減らそうともくろんだ。 ドイツのカッセルという町で大規模に実現したと聞き、訪れると、日本ではありえないような雨漏り必至の作り方をしている。聞くと、ドイツでは雨漏りが問題になることはなく、少し漏っても、ご婦人方は「冬の乾燥時に肌がしっとりしていい」と好評なくらいだという。 日本の建築界にとって雨漏りは永遠のテーマだが、ヨーロッパの、とりわけアルプスの北側にとっての永遠のテーマは隙間風らしく、木が狂って隙間の生まれる木造サッシ(窓枠)を禁じている国もある。 雨漏りを気にしなくていいなら楽だ、と羨ましく思いながら、建築史家兼建築家が既に実践していた建築緑化を続けているうちに、グリーンパワーは建築緑化を止め、ソーラーパネルに転じたというニュースが入ってくる。 理由は、緑化とその維持にかかるエネルギーを何年かかけて算出した結果、余分にかかることが判明し、止めることにしたのだという。そんなこと、一棟やってみたらすぐ分かっただろうに......。 政治がらみの、政策がらみの建築関係の主張はアブナイ、との認識をグリーンパワーから学んだ後、地球環境がらみでにわかに起こったのが木造建築への注目だから、心して対応しなくてはいけない。 木造が注目されるのは、森の樹が空中の炭酸ガス(炭素)を吸収して木として固定するからだ。 炭酸ガスの塊としての木は、森で樹として生きているか、里で木造建築に変わるか、石炭となって地中に眠るうちはいいが、しかし、森で倒れて腐るか、里で使われた後廃棄されるか、土中から掘り出されて燃やされるかすると、固定していた炭素は炭酸ガスとなって空中に戻っていってしまう。 木や森には、炭素を固定する能力が備わり、昨今の〝炭素削減〟には確かに貢献するはずだから、日本がしなければならない炭素削減量の一部に計上してもいいと思うが、なぜか世界は認めてくれないらしい。 木造建築が炭素を固定し続けるためには、里で建築に投入された木が腐ってはならない。にわかに話はスケールを下げるが、日本の建築界にとって、古くは大工棟梁は、水が浸みるとすぐ腐る木材をどう守るかに工夫の限りを尽くしてきた。 縄文時代の竪穴式と弥生時代の高床式の防腐性は低く、飛鳥時代に大陸から上陸した仏教建築の防腐性は著しく高かった。屋根には瓦が、主要な木部には朱が、柱の下には礎石が使われ、いずれも水の侵入を遠ざけるからだ。 防腐性を誇る大陸由来の作り方は、直ちに受け容れられ、やがていろんな建築に影響を与え、広まってゆくが、日本での工夫も忘れてはならない。 それが、鎌倉時代の寺院で成立した桔木(はねぎ)で、大きなテコ(桔木)を屋根の内側から軒の裏にかけて見えないように入れて、軒先を持ち上げ、軒の出を長くし、柱の根元に雨が当たるのを防ぐ。これで最大の弱点が克服されたばかりか、加えて美学上の効果も大きく、日本の社寺建築を印象付ける軒の水平性が確立している。 腐る木造を救ったのは仏教の寺院建築に違いないが、とすると、神社のほうはどうしたのか。多くの神社は寺院のやり方を長い時間をかけて少しずつ取り込んで防腐性を向上させてゆくことになるが、仏教以前からの歴史と由緒を誇る古社はその方向を拒む。 古くから続いてきた茅や樹皮葺きの屋根、素木の掘立柱の伝統を守るため、思いがけない手に出た。たとえば伊勢神宮の場合、20年もして木や茅が腐り始めると、建て替える。その時、前の形式はそっくりそのまま踏襲する。 世界のどこでも宗教建築は物質と形式の組み合わせからなるが、日本の古社は、2つを分離し物質を捨てて形式だけを守るという世にもまれな〝奇手〟を編み出した。この物質と形式の分離が無ければ、伊勢神宮は、弥生時代の高床式住宅の姿を今に伝えることなどできなかった。木造の腐りやすさが、逆に、形式を守ってくれた。 なお、伊勢神宮について言い添えるなら、20年もしないうちに掘立柱の土中の部分が腐ったり、茅葺きが一部崩れ始めるのを防ぐため、戦後、土中の部分に銅板を巻いたり、茅の中に銅網を差し込む工夫が試みられ、20年経過して調べると、土中に腐りは見られなかったが、茅葺きのほうは効果がなかった、という。 銅イオンには、木材を腐らせる菌糸類(キノコはその地上部)を殺す能力が認められ、現在、伝統的木造建築の保存修理にあたり、見えないところや気づかない辺で銅板は大活躍中。 以上のように、日本の建築界は、ずっと昔から、腐る木造との闘いに力を尽くしてきたから、かつて本誌(76号)で述べたように、オーストリアで小さなゲストハウスを作った時、かの地の共同設計者から「日本では木は腐るのか?」と聞かれ、返す言葉が見つからなかったのである。 共同設計者が手がけたウィーン中央駅の展望台は高さ50mの木造にもかかわらず、屋根もなく角材を鉄骨のように組みボルトで止めただけの作りであったから、確かにオーストリアでは木は腐らないようだが、しかし、そんなむき出しの木造が50年以上の星霜に耐えられるものなのか。