防衛族ではなかった小野寺五典氏を安倍晋三元首相はなぜ防衛相に一本釣りしたのか
小野寺さんから面白い話を聞いた
4月から産経新聞社の雑誌「正論」で政治家のインタビューの連載「平井文夫の聞かねばならぬ」を始めたのだが、その2回目で小野寺五典元防衛相から面白い話を聞いた。 【画像】故・安倍晋三元首相とともにアメリカ国務省に入る小野寺氏 小野寺氏は安倍政権で2度防衛相を務め、その後は自民党の安保調査会長として、ここ10年以上ずっと日本の防衛政策の中枢を担っている。 実は小野寺氏はもともと農水と外交が専門で、防衛族ではなかった。だから栄誉礼を受けたこともなかったのだが、第2次安倍内閣で当時の安倍晋三首相から突然防衛相に指名された。 ここから先は「正論」の記事には載せなかったのだが、小野寺氏に「なぜ安倍さんはあなたを指名したのか。そもそも接点はあったのか」と聞いたら、以下のような話をしてくれた。 安倍氏が最初に首相を辞め、その後自民党が下野した後の2010年10月、小野寺氏は安倍氏のお供で日米安保50周年の自民党の使節団として渡米した。 ジェイムズ・スタインバーグ国務副長官と安倍氏との会談が終わった時のこと。安倍氏が小野寺氏に「聞きたいことあったらなんでも聞いていいよ」と言ったので、小野寺氏は「尖閣への日米安保条約5条適用」について聞き、スタインバーグは適用を認めた。 安倍氏はこのことを記者団へのぶら下がりで明らかにしたが、野党の元首相という事でメディアの扱いは小さかったという。
民主党政権の屈辱
その1ヶ月前に尖閣沖で中国漁船が海保の船と衝突し、中国人船長が逮捕され、日中の大きな外交問題になった。 当時の民主党政権の前原誠司外相が、ヒラリー・クリントン米国務長官から閣僚級としては初めて「尖閣への日米安保条約5条適用」というオンレコの発言を引き出したのだが、その直後に那覇地検は船長を釈放してしまった。 筆者はこれについてシンクタンク「創発プラットフォーム」のムービー版「オーラルヒストリー」で前原氏にインタビューしたことがあるが、当時の菅直人首相は当初逮捕には同意したものの、その後、釈放を指示したということだった。 この事件は日本が中国の圧力に屈服した印象を与え、日本外交の汚点になってしまったのだが、その1か月後の安倍・スタインバーグ会談は尖閣についての日米の安保認識を再確認するということで非常に意味があった。