主観と客観のあいだ
私はコーチになる以前、主観よりも客観性を重視して仕事をしてきました。 「それは、大場さんが思っていることだよね。アンケート調査ではどう出ているの?」 「役員に説明するロジックを考えよう」 「ファクトデータを集めて、お客様にもご理解いただこう」 「あの部長は、論理的思考力が高くてキレキレらしい」 日々の仕事における上司や先輩、同僚との会話を通じて、私の中で「ビジネスにおいては、主観よりも客観性が重要である」という考えが当たり前になっていました。 そんな私がコーチになって、もっとも難しかったのは「自分の主観に目を向ける」ということと「主観をコーチングで扱う」ということでした。社会人になって以来、意識的に客観性に目を向けてきた私には、とくに「私は今、何を感じているのか」と自分の内側を感じ取り、言葉にするのが難しい感覚がありました。実際、自分の感じていることを言葉にしようとしても、「嬉しい」「悲しい」「ドキドキ」「イライラ」「怖い」といった、限られた単語でしか表現することができませんでした。 そんな私も、コーチングを学び、コーチングを受け、多くの方々と対話する中で、自分の考えや思っていることなども含め、徐々に自分の内側で起こっていることを感じ取り、主観を口にすることに慣れてきました。 一方で、コーチングセッションでは、主観をうまく扱えている感覚をあまり持てていませんでした。
主観から客観が見えてくる
先日、ある大企業の部長であるクライアントAさんとのセッションがありました。Aさんは部下に対して「もっとフランクに、会議でいろんなアイディアを発信してほしい」と期待しています。 Aさんと対話する中で、Aさんが部下に対してどんな気持ちを抱いているのかをお聞きしました。 「部下には、思ったことをまずはオープンに言ってみてほしいと思っています。事前にかなり準備してから話していると思うのですが、もっと気さくに話してほしいのです。部下たちは、正しいことを言おうとしている気がするんですよね」 続いて、具体的に一人ひとりの部下についてどのように感じているかも聞いてみました。 「Bさんは、今は率直に僕に意見してくれる存在です。でも、最初の頃は、がさつだと感じていて、正直彼とは一緒に仕事したくありませんでした。もっと周りに気を遣ってもいいんじゃないかと思っていました」 「一方でCさんは、何か秘めているものがあるように感じるのですが、それを表に出してこない印象です。彼は本当に頭が良くて、言うことも正論でロジカルだけど、『本当は何がしたいの?』と聞きたくなってしまうんですよね。それから、僕自身が彼にはかなわないと思っているんです。だから、僕は彼に気を遣っている。でも、大事なことはCさんにちゃんと相談していて、信頼もしていますよ」 そこまで聞いて、私は思ったことをAさんに伝えました。 「Aさんは、部下であるBさんやCさんとオープンな関係になりたいとおっしゃっていましたが、Bさんにはもっと気を遣ってほしいと感じていたんですね。それから、Cさんに対して、Aさん自身も気を遣っているんですね」 するとAさんはしばし沈黙し、しばらく経ってこうおっしゃいました。 「部下に期待していることと、自分のやっていることが矛盾していますね。Cさんは周りに気を遣っていると思っていましたが、私自身が彼に気を遣ってオープンに接することができていませんね。これまで私は、仕事の中でできるだけ冷静に客観的でいることを重視してきましたが、私自身が全然客観的でなく、彼らに対する自分の印象(主観)を介して周りを見ていたことに気づきました」 Aさんは、BさんやCさんをどう見ているかという自分の主観を言葉にすることで、自分の状態を客観視したのです。 自分の主観に焦点をあてることで、自分を客観視する。自分自身の主観を口に出してみることで、自分の考えや主観を俯瞰できるということなのでしょう。これは、私にとっても主観を扱うことの価値を感じる大きな発見でした。