小倉智昭「老後の予定は狂うもの。『後で』と取っておいたDVDやCDは封すら切ってない」古市憲寿が聞く〈人生の本音〉
◆幸せは死ぬときに振り返って思うものだ ──小倉さんの場合、仕事し過ぎちゃったことが健康を害した部分もあるようにも思います。もしももう1回人生を歩めるとしたら、仕事をセーブするのか、それとも同じようにやっぱり仕事をがむしゃらにしちゃうか、どっちですか。 昔はそういう質問をされると、もう一度自分の人生やり直したいから、同じ自分で生まれたいとか言っていたんだよね。それが最近は簡単に答えられない。生まれ変わったら何になりたいですかって言われても、“生まれ変わるわきゃねえもん”って思うわけよ。だんだん偏屈なじじいになってきているからさ。 病気して、いろんな取材で最後に必ず聞かれるのは、「小倉さん、今後の目標というか、人生をどういうふうに送ろうと思ってますか」という質問なんだよね。 でも、目標立てたって目標どおりいかねえだろうって思ってしまう。親父がよく子どもの僕に言って聞かせてたもんです。 「智昭、幸せというのはな、死ぬときに自分の人生振り返って、俺は本当に幸せだったなって思うのが幸せなんだぞ。その場で幸せだと思っても、決して幸せだとは思うな」 小学生にそういうことを言うんだから、すごい親父だったと思いますよ。
◆「俺このまま死んだら誰も気づかない」 ──その「死ぬ間際にどう人生振り返るか」っていう言葉はまだ小倉さんの中に残ってるんですね。 残ってるね。今になって、それが真理なのかも分かんないと思うよね。本当にその時々で、幸せだ、好きな人と一緒にいて嬉しいなって思うときはあるし、仕事が順調で、経済的にも楽になって好きなことができて、俺って幸せだよなって思うこともそれはありますよね。 そういうのがないと、人間、仕事なんかやってけないからさ。でも、それを後になって振り返ったときに、あのときは本当に幸せだったんだろうかって、いろんなことを思い始めるんだよね。 未来がないから、過去を振り返るしかしょうがないのかな。僕みたいに楽観的で前向きな人間が、こういうふうになっちゃうっていうのがまず信じられない。 だって一人で風呂入ってて、“俺このまま死んだら誰も気づかないな”とかって思うこともあるんだから。 ※本稿は、『本音』(新潮社)の一部を再編集したものです
小倉智昭,古市憲寿