容疑者の「刑事責任能力」とは 心神喪失者はなぜ無罪? /早稲田塾講師 坂東太郎のよくわかる時事用語
賛否両論の中、2005年7月、「心神喪失者等医療観察法」が施行されました。殺人など人を害する重大な罪を犯したものの、心神喪失などで検察が不起訴としたり裁判で無罪となったり、有罪でも執行猶予がついたケースにおいて、検察官が申し立て、裁判官と精神科医による鑑定入院に基づく審判を行います。必要なしとみなされた場合を除いて、通院や入院を決めて指定病院に移します。退院した後も保護観察所による精神保健観察が原則3年間続きます。また、場合によっては却下の審判もあり得ます。つまり責任能力ありとの決定で、多くが検察の簡易鑑定を覆しています。その場合、検察はただちに起訴へと踏み出すのです。 強制入院になった場合、いつ退院できるかというと「対象行為を行った際の精神障害を改善し、これに伴って同様の行為を行うことなく、社会に復帰することを促進する」まで。法律の過程で浮上して消えた「再犯のおそれなし」と実際にはそう変わらないように読めます。すると下手すれば一生入っていなければなりません。そうならないよう法の趣旨通り「同様の行為を行」わないまで治療できるのかが課題でしょう。
刑法39条をめぐる論点・課題
刑法39条には他にも論点があります。1つは撤廃論。これは一部の精神障害者自身も訴えています。刑法40条にかつて「いん唖者ノ行為ハ之ヲ罰セス又ハ其刑ヲ減軽ス」とありました。聴覚や言語機能に障害がある人を対象としています。それが1995の「刑法表記の平易化」の際に削除されました。「いん唖者」から差別的との指摘を受けたからです。ならば精神障害者にも裁判を受ける権利(憲法32条)があるはずだとの主張です。それに対して39条は「いん唖者」といった特定をしておらず、精神障害者や知的障害者だから裁判が受けられないという内容ではないとの反論があります。 「正門からの脱獄」論というのもあります。常習犯など罪を犯しやすい者を何らかの形で強制的に矯正したり治療をする措置が社会の安定には必要だという「保安処分」を巡る是非論です。人権侵害などの反対論で立ち消えとなっていますが、心神喪失者等医療観察法制定の論議で「これは保安処分の一種ではないか」という批判もありました。 鑑定医の質向上も急務です。日本司法精神医学会は2014年から「学会認定精神鑑定医制度」を始めました。来年3月にも初の認定証交付が行われる予定です。
--------------------------------------------------------- ■坂東太郎(ばんどう・たろう) 毎日新聞記者などを経て現在、早稲田塾論文科講師、日本ニュース時事能力検定協会監事、十文字学園女子大学非常勤講師を務める。著書に『マスコミの秘密』『時事問題の裏技』『ニュースの歴史学』など。【早稲田塾公式サイト】