大河ドラマ『光る君へ』脚本家・大石静「2話目を書き終えた頃に夫が他界。介護と仕事の両立は困難だったが、45年間で一番優しく接した時間だった」
◆45年、そばにいた人がいなくなって 2話目を書き終えたころの2022年12月、夫が他界しました。その3年くらい前から体力的に弱りつつあるのは感じていたのですが、ある日血中の酸素濃度が下がり、呼吸不全を起こして。入院したら肺の手術が難しいところにがんが見つかりました。79歳という年齢もあり、治療は一切せず自宅に帰ることにしました。 いまの介護保険制度では、一人暮らしの人であれば訪問介護による身体介護のほか、掃除や洗濯、食事の準備や調理といった生活援助サービスを受けられますが、健康な成人の同居家族が一人でもいると生活援助面でのサポートは望めません。 病人に三度の食事をさせ、介護をしながら大河ドラマの脚本を書くのはやはり難しく、執筆はストップしてしまいました。 ケアマネジャーさんも自治体にかけあうなど、いろいろ苦心してくれて。でも結局、何もかも私が担わなければならない老老介護の典型となりました。介護と仕事の両立には、まだ多くの問題が立ちはだかっているのを痛感しましたね。 最後は容体が急変して病院で息を引き取りましたが、やるだけやったと思い、涙も出ませんでした。夫が恐れず、苦しまずに人生を終えられるように――それをプロデュースすることが妻としての最後のミッションだと思って、こちらの命も削れるほどやりましたので。
いくら夫がわがままなことを言っても「そうね」と応対したし(笑)、呼吸がしづらいのでディスカッションするほどの会話はしませんでしたが、最後まで話はできました。45年一緒にいて、こんなに優しく接した時間はほかになかったんじゃないかと思います。 舞台監督だった夫とは20代半ばで結婚しましたが、8歳も上ですから、知り合ったときから男女というよりは兄妹や親子に近いような感覚がありました。私が芝居をやっていたころ、劇団を立ち上げるときも背中を押し、苦しいときは支えてくれた。 ドラマの脚本を書くようになった私にも全面協力で、なにより自由に羽ばたけ、と言ってくれました。「君が輝いていることが一番。家のことなんてしなくていい」と考える人だったので、いま私はこの仕事ができているのだと思います。 45年間、いつもひたひたと仲良かったわけではないし、いやだなあと思うところも山のようにありました。ほかの人をいいと思うこともありました。年を取ってからは「おとうさん、いつまで生きてんのよ」なんて憎まれ口をきいて、夫も「だからといって、すぐ死ねないからなあ」なんて苦笑いで返したりしていたのですけれど。(笑) 最後の日々は、このための45年だったのね、と思えるほどでしたから、その点で悔いはありません。ただ、45年そこにいた人がいなくなるのはなかなかに寂しいものです。「あるべきものがない」感覚なんでしょうか。片腕をなくしたくらいの欠落感はあります。 ただ私には仕事が待っていて、いつまでもその感傷に引っ張られていてはいけない、と思いました。
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