21歳で初来日…温かい指導で「日本人が好きになれた」 元J助っ人を支えた“日本の恩師”【インタビュー】
愛情を感じたちょっとした“イジられ方”
引退後は松本の強化担当スタッフに転身。現在は母国を拠点に活動している。日本で出会った恩師とは離れ離れになっても、節目で連絡を取り合うほどの関係性を築いている。「すごく賢い人なんですよ。ユーモアもたくさんある」とパウリーニョ。その“ユーモア”で忘れられないのが、遠征時の出来事だ。時間にルーズなブラジルの文化を知ってか、集合場所でのちょっとした“イジられ方”に愛情を感じた。 「バスで移動する時、松田さんはいつも集合場所へ一番乗りに行って、選手たちが集まる様子を見ていたんです。そういう時って、ブラジル人は大体時間にルーズなんですよ。遅刻してくることもよくあって。だから松田さんは全員が集まった段階でいつも『ブラジル人は全員来てるか』って言うんです。ブラジル人がいるんだったら、もう全員いるってことだから出発だ、って。まったく悪気はなくて、そういうユーモアが大好きでしたね。気持ちの良いイジられ方というか。その場が和みましたよね」 今年3月、本拠地「サンプロ アルウィン」で行われた引退セレモニーでは、松田氏から労いのビデオメッセージが届いた。「私の息子たちとほぼ同じ年だったから、いつからか私はパウリーニョの日本のお父さんと呼ばれたりして本当に嬉しかったです。節目節目にきちんと連絡してくれて、ずっと続いているこの縁に心から感謝しています」。日本で結ばれた固い絆は、そう簡単には切れない。最初の出会いから14年、日本人とブラジル人の温かな交流は、この先もずっと続いていく。 [プロフィール] パウリーニョ(パウロ・ロベルト・ゴンサガ)/1989年1月26日生まれ、ブラジル出身。メトロポリターノ―グレミオ―バスコ・ダ・ガマ(いずれもブラジル)―栃木SC―川崎フロンターレ―ジェフユナイテッド千葉―湘南ベルマーレ―松本山雅FC―ファジアーノ岡山―松本山雅FC。現役時代はボランチを主戦場に、闘争心あふれるプレースタイルで活躍。2023
FOOTBALL ZONE編集部・橋本 啓 / Akira Hashimoto