【大学野球】50年ぶりに着用したキャプテンナンバー 「一球入魂」への思いが詰まった始球式
現役時代の思い出
小橋氏は石井藤吉郎監督(当時)に見いだされ、2年春から代打の切り札として活躍。地道に役割に徹する姿が評価され、4年時には第64代主将に就任した。4年春から一塁の定位置をつかんだ苦労人である。同春から指揮した石山建一監督とは、対話を重ねた。 「練習時間が長かったんです。試合は2時間~2時間30分。練習方法を含めて、石山さんは学生の意見を取り入れてくれました」 野球のスタイルは明確だった。 「投手は1点、0点に抑える。攻撃は『走る早稲田』として、打力を盗塁で補い、10勝1敗の完全優勝。この戦いをベースにして、大学日本一まで登り詰めることができました」 全日本大学選手権決勝では当時3年生だった中畑清、二宮至、平田薫の「駒大三羽がらす」を擁した東都の王者・駒大を3対2で下して、15年ぶり2度目の優勝を遂げた。 「この年は円山(札幌)開催だったんです。神宮よりも、観光旅行みたいな感じでした」 早大・石山監督と学生との間には、一つの「約束事」があったという。 「大学日本一を達成したら、優勝旅行」 公約どおり「ご褒美」を手にした早大ナインはそのまま北海道に滞在した。「登別の旅館に3泊4日はいたと思います。毎晩、大騒ぎですから、資金も底をついて……。マネジャーは大変だったと思います」。良き思い出だ。 小橋氏は卒業後、社会人野球・日本石油でプレー。ユニフォームを脱いだ後は社業に専念しながら、春、夏の甲子園の審判員を8年、センバツ甲子園の選考委員を13年歴任するなど、学生野球の運営に尽力した。現在は早稲田大学野球部OB会・稲門倶楽部の会長補佐を務め、今年3月の沖縄キャンプに足を運ぶなど、現役学生を全力でサポートしている。 全日本大学選手権での始球式の大役が決まると「一人で来るのは……。絶対、優勝してくれ」と、現場に発破をかけた。早大は今春、7季ぶりの東京六大学リーグ戦優勝で、9年ぶりの全日本大学選手権出場を決めた。 「感無量です。選手に感謝です。今年のチームは一戦一戦で力をつけており、特長は粘り強さ。すごい選手はいませんが、チーム一丸で勝ち上がってきました。後輩たちの活躍に期待したいです」。この日に使用したWASEDAのユニフォームは、早大・小宮山悟監督が準備してくれたという。50年ぶりに着用したキャプテンナンバー「10」。始球式には「一球入魂」への思いが詰まっていた。 文=岡本朋祐
週刊ベースボール