「落語家パワハラ裁判」で元師匠に勝訴 元弟子が業界に「ハラスメント対策」を要望
1月26日、落語協会に所属する現役の落語家(原告)が元師匠(被告)から暴力や暴言などのハラスメントを受けたとして損害賠償を請求する民事訴訟の判決が出された。東京地裁は原告の訴えを認め、被告には80万円の支払いを命じた。
訴訟に至るまでの経緯
本事件の原告は井上雄策(元・三遊亭天歌、現・吉原馬雀)氏、被告は野間賢(三遊亭圓歌)氏。 大学時代から落語研究会に所属していた井上氏は、社会人としての期間を経て、2009年に野間氏から入門を認められた。しかし、入門から間もなく、暴言や暴力などのパワーハラスメントが始まる。 井上氏は2022年に野間氏から破門、2023年に佐藤武氏(四代目吉原朝馬)の門下に再入門。 同年3月、井上氏は自身のブログに「事の詳細について控えますが、私は現在、加害者と所属する落語協会に対して法的な対応を取らせていただいております」と記載。10月には週刊誌のインタビューに答え、野間氏からのパワハラを告発した。 また、同年11月に、専門家による独立した相談窓口の設置やハラスメントの講習会と匿名アンケートの実施を要望する、「#落語協会にハラスメント対策の徹底を求めます!」と題した署名を提起している。 訴訟は、野間氏による暴言・暴力などの不法行為に対する損害賠償を求めたもの(請求額は300万円)。 野間氏の側も、週刊誌に告発記事が掲載されたことは名誉毀損であるとして、井上氏に3000万円の損害賠償を請求する反訴を行っていた。しかし、告発記事を掲載する判断の責任は井上氏ではなく週刊誌が負うものとして、判決では反訴を棄却。 判決の言い渡しには、井上氏と二名の担当弁護士が出廷。被告の姿はなかった。
師弟という「濃密な人間関係」に潜むハラスメント
判決で指摘されたのは、落語の世界における師弟関係とは親子関係にも似た「濃密な人間関係」であると同時に、師匠の側は「絶対的な上位者」であること。そして、弟子に対する優越的地位を利用したハラスメントは社会的に許容されないということだ。 判決後の会見にて、船尾徹弁護士は井上氏が野間氏から受けた複数のハラスメントの詳細を述べた。 ・野間氏の自宅玄関前で、大声で罵倒する ・居酒屋で、他の客が通る階段に座らせてさらしものとする ・通行人が通る路上で暴力を振るう コロナ禍の際には、落語協会は感染防止のため「舞台が終わったらすぐに帰宅するように」と落語家たちに通達していた。井上氏も通告に従い帰宅したところ、「師匠である自分を待たなかった」という理由で野間氏に呼び出されて、殴られたり暴言を振るわれたりしたという。 その他にも、井上氏の人格を否定するような暴言が多々あった。 井上氏は「この裁判を通じて、元師匠からの、指導の名を借りた長年のハラスメントについて、私の人格権侵害が認められたことに安どしております」と語った。 伝統芸能でもある落語界には厳しい指導が存在するものであり、師匠が弟子の成長を願って叱責することもある。判決でもそれらの事情は考慮されたが、野間氏の行為は「許されない一線」(船尾弁護士)を超えたものと判断された結果だ。